水炊きのルーツを探る
よそから来ても、うちのもん。

博多を代表する郷土料理・水炊きは、典型的な日本の鍋料理と思われがちですが、この料理のルーツが西洋料理と中国料理の両方にあるということは、意外と知られていません。
水炊き発祥の店として知られる「水月」(現在、福岡市中央区平尾3丁目で営業)の創業者で長崎生まれの林田平三郎氏は、15歳の頃に料理の勉強のために香港に渡り、英国人の家庭に住み込みました。そこで学んだ西洋料理のコンソメと中国料理の鶏の水煮を日本人の口に合うように工夫した林田氏は、博多で店を開いて大評判となりました。こうして生まれたのが、博多の水炊きなのです。
ちなみに鳥鍋の歴史は古く、地域や料理によって様々なルーツや変遷があります。特に、水炊き、きりたんぽ鍋、名古屋コーチン鍋などが代表的な鳥鍋として知られています。

参鶏湯が現在の形となるのは1960年代の大韓民国においてである。韓国独立後も1950年代まで鶏参湯はタックㇰやペㇰスㇰと比べるとマイナーな鶏料理であり、食され方も従来の方法が採られていた。だが、1953年の朝鮮戦争休戦後に高麗人参が普及すると鶏参湯も本格的に飲食店で提供されるようになり、粉末で入れていた高麗人参が丸のままとなったほか、1960年代には高麗人参の効能を強調するために名称が鶏参湯から参鶏湯(サㇺゲタン)へと変わっていった。
参鶏湯は博多水炊きの影響を受けていないの?