2021年の9月の下旬に行った投稿の再掲です。
「私は休日を外で過ごす事は好きで、美味しい物を食べる事、自然の中を散歩する事、温泉に入浴する・温泉旅館等の温泉宿泊施設に宿泊する事、芸術や花を愛でる(鑑賞する)事等は、好きなのですが、本格的な登山やキャンプ等のアウトドアは好みません。
私は、交際する女性との趣味が合うか合わないかと言う事は、若い頃は気にしなかったのですが、成熟した大人になってからは、私と趣味が合う女性を好きになるプラス交際相手の女性が、私色に染まってw、私と趣味が合って来ると言う事を合わせて、私と趣味が合う女性と交際するようになりました。」
「私は、両親とも、酒に強くて酒飲みでw、遺伝により、酒は強いです。酒は、基本、どんなに飲んでも酒に飲まれる事はありませんw(私は、酒が強く、酒をいくら飲んでも、顔色が、全く、変わらないタイプです)。それは、ウイスキーをストレートでボトル1本を超えて、比較的短時間で飲めば、時間差で後から腰は抜けますが(学生の頃の話w)、どんなに飲んでも、性格は、普段よりも陽気で上機嫌になる位で、大きくは変わりません。
日本酒、ワイン、ウイスキー、ビール、焼酎なんでも行けますが、私は、お酒の飲み方は、本来的には、ウイスキーの様な、濃いお酒を、ロックで、チビリチビリと飲むのが好きです。
ちなみに、私の今の彼女は、お酒は、弱いです。」
以下、前に行った投稿から抜粋して来た物で、彼女(私の今の彼女)と、2016年の、紅葉時期の、鎌倉(kamakura)散歩デート(date)をして来た時(以下、この日と書きます)の物です。
この日は、(前日に我が家に泊まった彼女と)、朝寝坊をし、遅い朝食兼昼食を、食べてから、のんびりと、東京都心部の我が家(東京都心部の西部の静かで落ち着いた住宅地に位置します)を出発しました。
東京の南部近郊にある、鎌倉(kamakura)は、中世(1185年から1333年まで)に、日本の政治の中心地であった中都市(中規模程度の人口を有する都市)であり、中世以来の歴史を有する、寺や神社(shrine)が、数多くあります(ただし、鎌倉(kamakura)の寺や神社(shrine)の、現在の建物については、(極一部の例外を除き)中世よりも後の時代に、火事等の焼失により、再建された物であったり、時代に合わせて、建て替えられている物です)。その為、鎌倉(kamakura)は、東京近郊の主要な観光地の一つとなっています。私は、通常、鎌倉(kamakura)散歩が主目的の場合、(鎌倉(kamakura)は、道が狭くて、自動車を運転するのが疲れる等の理由により)、自動車ではなく、電車を使って行きます。この日も、電車を使って行きました。
写真以下。鎌倉(kamakura)を散歩。。。
写真以下20枚。円覚(engaku)寺。1282年に創建された、規模の大きな、仏教の寺です。円覚(engaku)寺は、鎌倉(kamakura)の、主要な観光場所となっている寺の一つです。
写真以下2枚。円覚(engaku)寺を訪れた後は、円覚(engaku)寺の周辺の、現代的な雰囲気の、甘味処(kanmidokoro)(下の補足説明参照)で、おやつを食べました。この、甘味処(kanmidokoro)を利用したのは、この時で2回目でした。前回利用した時の、味の印象が、あまり残っていなかったのですが、今回、利用した際は、美味しいと思いました(おそらく、前回、利用した時も、美味しいと思ったのだと思うのですが、忘れてしまっていた)。
甘味処(kanmidokoro):繁華街や、観光地にある、日本の伝統的な、甘い、デザート(dessert)・おやつcafe。甘味(kanmi。汁粉(ぜんざい)や、餡蜜(anmitsu)等、どちらかと言えば、質よりも量を重視した、日本の伝統的な、大衆向けの甘いおやつ)を、主に提供する。
彼女が食べた、アイスクリーム(ice
cream)入り、餡蜜(anmitsu)。写真左側の黒蜜を、好きなだけ上に、かけて食べます。餡蜜(anmitsu)は、日本の伝統的な庶民向け、おやつで、甘味処(kanmidokoro)の定番メニュー(menu)の一つとなっています。
私が食べた、抹茶(green tea)、白玉(shiratama)。日本の、伝統的な、おやつの一つです。
長谷(hase)寺(下で紹介します)の周辺の、静かで、落ち着いた、住宅地にて。。。鎌倉(kamakura)は、中心部の繁華街や、自動車の通行量の多い幹線道路沿いを除けば、基本的には、静かで落ち着いた住宅地となっています。
写真以下15枚。長谷(hase)寺。736年に創建された、歴史の古い、規模の大きな、仏教の寺です。長谷(hase)寺は、鎌倉(kamakura)の、主要な観光場所となっている寺の一つです。
写真以下3枚。長谷(hase)寺の、中心的な建物です。時代に合わせて建て替えられています。建物の内部には、高さ9m以上の、大きな、木造の仏像(現在の物は、14世紀から15世紀頃(又は、それ以前)に制作されたと推定されている)が、安置されています。
長谷(hase)寺を訪れた後は、長谷(hase)寺の周辺で、適当に、目に付いたcafeで、飲み物を飲みながら、話をしながら、のんびりとしました。写真は、この時、私が、このcafeで、飲んだ、飲み物の一つで、ホットワイン(暖かいワイン。mulled
wine)です。このcafeは、この時、初めて利用しました。まあ、落ち着けましたが、特に、印象には、残らないcafeでした。
鎌倉(kamakura)は、(中世には、日本の政治の中心地でしたが)、15世紀半ば以降、衰退し、一時期、基本的に衰退した状態に有りましたが、19世紀頃から、徐々に観光地として発展し始め、また、19世紀後期以降、東京に近い、(近代)別荘地・保養地として発展し、再興しました。鎌倉(kamakura)は、19世紀後期以降、作家や詩人等、多くの文学者が、好んで、居住し、若しくは、別荘を構えて来ました。また、鎌倉(kamakura)は、1920年代、1930年代頃から、横浜や東京に通勤する、大学教授や高学歴(大学卒)会社員等の、インテリ(知識人)中流層・中上流(upper-middle)層が暮らす、郊外住宅地として発展して行きました。鎌倉(kamakura)は、現在も、小説家や、画家、文系の大学教授等、文化人達に好まれ、鎌倉(kamakura)及び、その周辺には、こうした人々が、多く暮らしているイメージがあります。
写真以下8枚。この日の、夕食は、長い間、気になりつつも、利用していなかった、鎌倉(kamakura)の中心市街地にある、1934年創業の(建物は、おそらく、時代に合わせて建て替えられています)、中国料理レストランで食べました。この中国料理レストランは、古くから(1930年代から)、鎌倉(kamakura)に暮らす、日本の、小説家・文学者等に愛され(鎌倉(kamakura)に暮らす、日本の、小説家・文学者等の、お気に入りのレストランとして)、よく利用されて来た店です。この中国料理レストランは、高級な、中国料理レストランではありませんが’(店内も、カジュアル(casual)な雰囲気です)、中上級(upper middle)classの中国料理レストランと言った感じで、値段は、少し、高目です。この中国料理レストランの、中国料理は、日本人の、好みに合わせた、上品な、味と、見た目の、上質な(質の良い食材を使った)、中国料理と言った感じで、美味しかったです。この中国料理レストランは、この時、初めて利用したのですが、今後も、利用しても、良いかなと思いました。
写真以下7枚。この中国料理レストランで食べた、この日の夕食。なお、この夕食時は、私は、飲み物は、酒(アルコール (alcoholic)飲料)は、ビールと、紹興酒(Shaoxing wine)を飲みました。
海老チリ。
豚肉(鹿児島(kagoshima)県(日本の、良質な、牛肉・豚肉等の産地となっている)産の、黒豚の肉)の、ロース肉(loin)の、レモン(lemon)ソース(sauce)。