1609年-1613年、ポウハタン戦争。バージニア植民者は、ポウハタン族との和平協定を破棄して戦争し領土を奪った。
1622年、ポウハタン戦争。バージニア植民者は、ポウハタン族との和平協定を破棄して戦争し領土を奪った。
1637年、ピクォート戦争。マサチューセッツ植民者は、ピクォート族との和平協定を破棄して戦争し領土を奪った。
1643年-1645年、キーフツ戦争。ニューヨーク植民者は、レナペ族との和平協定を破棄して戦争し領土を奪った。
1644年-1646年、第二次ポウハタン戦争。バージニア植民者は、ポウハタン族との和平協定を破棄して戦争し領土を奪った。
1659年-1663年、エスパス戦争。ニューヨーク植民者は、エスパス族との和平協定を破棄して戦争し領土を奪った。
1675年-1676年、フィリップ王戦争。マサチューセッツ・コネチカット植民者は、ポダンク族、ニップマック族との和平協定を破棄して戦争し領土を奪った。
1675年-1676年、ベーコン戦争。バージニア植民者は、サスケハナ族との和平協定を破棄して戦争し領土を奪った。
1680年、プエブロ戦争。ニューメキシコ植民は、プエブロ族との和平協定を破棄して戦争し領土を奪った。
1711年-1715年、タスカローラ戦争。ノースカロライナ植民者は、タスカローラ族との和平協定を破棄して戦争し領土を奪った。
1715年-1716年、ヤマシー戦争。ジョージア・フロリダ植民者は、ヤマシー族との和平協定を破棄して戦争し領土を奪った。
1716年-1729年、ナチェス戦争。アラバマ・ミシシッピ・ルイジアナ植民者は、ナチェス族との和平協定を破棄して戦争し領土を奪った。
1734年、チカソー戦争。ルイジアナ植民者は、チカソー族との和平協定を破棄して戦争し領土を奪った。
1759年-1761年、チェロキー戦争。バージニア・ノースカロライナ・サウスカロライナ・テネシー・アラバマ植民者は、チェロキー族との和平協定を破棄して戦争し領土を奪った。
1763年-1766年、ポンティアック戦争。オハイオ・インディアナ・ミシガン・イリノイ・ウィスコンシン植民者は、オタワ族、オジブワ族、ポタワトミ族、ショーニー族、ワイアンドット族、キカプー族、ピアンカショー族、ワー族、マイアミ族、マスコーテン族、レナペ族、ミンゴ族との和平協定を破棄して戦争し領土を奪った。
1773年-1774年、ダンモア戦争。オハイオ植民者は、イロコイ族との和平協定を破棄して戦争し領土を奪った。
1775年4月-1783年11月、アメリカ独立戦争。イギリスのアメリカ大陸植民地は、宗主国イギリスに対して独立戦争を戦い独立した。
1776年-1794年、チカマウガ戦争。アメリカ軍は、バージニア、ノースカロライナ、サウスカロライナ、ジョージア、ケンタッキー、テネシーのチカマウガ族との和平協定を破棄して戦争し領土を奪った。
1785年-1795年、ノースウエスト戦争。アメリカ軍は、ケンタッキー、オハイオ、インディアナ、ミシガン、イリノイ、ウィスコンシンのオタワ族、オジブワ族、ポタワトミ族、ショーニー族、ワイアンドット族、キカプー族、ピアンカショー族、ワー族、ウォバシュ族、カスカスキア族との和平協定を破棄して戦争し領土を奪った。
1811年-1813年、テクムセの戦争。アメリカ軍は、インディアナ、ミシガンのショーニー族との和平協定を破棄して戦争し領土を奪った。
1812年-1814年、米英戦争。イギリス政府はアメリカを再び植民地化しようとして、イギリス軍がアメリカに侵攻したが、アメリカ軍はイギリス軍を撃退した。
1813年、ピオリア戦争。アメリカ軍は、イリノイのポタワトミ族、キカプー族との和平協定を破棄して戦争し領土を奪った。
1813年-1814年、クリーク戦争。アメリカ軍は、ジョージア、アラバマのクリーク族との和平協定を破棄して戦争し領土を奪った。
1816年-1818年、セミノール戦争。アメリカ軍は、フロリダのセミノール族との和平協定を破棄して戦争し領土を奪った。
1827年、ウインネバーゴ戦争。アメリカ軍は、ウィスコンシンのポタワトミ族、スー族、ソーク族との和平協定を破棄して戦争し領土を奪った。
1832年、ブラック・ホーク戦争。アメリカ軍は、ミシガン、イリノイのソーク族との和平協定を破棄して戦争し領土を奪った。
1835年-1842年、第二次セミノール戦争。アメリカ軍は、フロリダのセミノール族との和平協定を破棄して戦争し領土を奪った。
1837年、オーセージ戦争。アメリカ軍は、ミズーリ、カンサス、オクラホマ、ネブラスカのオーセージ族との和平協定を破棄して戦争し領土を奪った。
1846年-1848年、米墨戦争。アメリカ議会は、当時メキシコ領だった、現在のアリゾナ、ユタ、ネバダ、カリフォルニアの全地域、ニューメキシコ、コロラド、ワイオミングの一部の地域の領有を目的としてメキシコに宣戦布告した。アメリカ軍は、メキシコを侵略し、アリゾナ、ユタ、ネバダ、カリフォルニアの全地域、ニューメキシコ、コロラド、ワイオミングの一部の地域を併合した。
1848年-1855年、カイユース戦争。アメリカ軍は、オレゴン、ワシントンのカイユース族との和平協定を破棄して戦争し領土を奪った。
1855年-1856年、ローグリバー戦争。アメリカ軍は、オレゴンのローグ族との和平協定を破棄して戦争し領土を奪った。
1855年-1858年、第三次セミノール戦争。アメリカ軍は、フロリダのセミノール族との和平協定を破棄して戦争し領土を奪った。
1855年6月-1858年9月、ヤカマ戦争。アメリカ軍は、ワシントンのヤカマ族との和平協定を破棄して戦争し領土を奪った。
1858年5月、スポーカン・クーダレン・パルース戦争。アメリカ軍は、ワシントンのスポーカン族、クーダレン族、パルース族、パイユート族との和平協定を破棄して戦争し領土を奪った。
1860年-1865年、カリフォルニア戦争。アメリカ軍は、カリフォルニアのウィヨット族、ユーロク族、トロワ族、ノムラキ族、チマリコ族、ツナングー族、ホワイカット族、カラク族との和平協定を破棄して戦争し領土を奪った。
1861年-1864年、ナバホ戦争。アメリカ軍は、テキサス、ニューメキシコ、アリゾナのナバホ族との和平協定を破棄して戦争し領土を奪った。
1861年4月-1865年4月、南北戦争。バージニア、ノースカロライナ、サウスカロライナ、ジョージア、フロリダ、アラバマ、テネシー、アーカンソー、ミシシッピ、ルイジアナ、テキサスは奴隷制度の廃止に反対して、アメリカ合衆国からの離脱とアメリカ南部連合の樹立を宣言した。アメリカ合衆国は、アメリカ合衆国からのアメリカ南部連合の離脱を阻止するために、アメリカ南部連合と南北戦争を開始した。アメリカ合衆国軍がアメリカ南部連合軍を軍事力で制圧し、アメリカ南部連合はアメリカ合衆国に降伏し、南北戦争は終結した。
1862年8月、スー戦争。アメリカ軍は、ミネソタ、ノースダコタ、サウスダコタのスー族との和平協定を破棄して戦争し領土を奪った。
1863年-1865年、コロラド戦争。アメリカ軍は、コロラドのコマンチ族、カイオワ族、アラパホー族、シャイアン族との和平協定を破棄して戦争し領土を奪った。
1863年1月-1886年9月、アパッチ戦争。アメリカ軍は、テキサス、ニューメキシコ、アリゾナのアパッチ族との和平協定を破棄して戦争し領土を奪った。
1864年-1869年、ハラパイ戦争。アメリカ軍は、アリゾナのハラパイ族との和平協定を破棄して戦争し領土を奪った。
1866年11月-1868年11月、レッドクラウド戦争。アメリカ軍は、ワイオミング、モンタナのスー族、シャイアン族との和平協定を破棄して戦争し、インディアンの居住地域を保証することになった。
1867年-1875年、コマンチ戦争。アメリカ軍は、コロラド、オクラホマ、カンサス、テキサス、ニューメキシコのコマンチ族、カイオワ族、アラパホー族、シャイアン族との和平協定を破棄して戦争し領土を奪った。
1872年11月-1873年6月 モードック戦争 -- アメリカ軍は、オレゴン、カリフォルニアのモードック族との和平協定を破棄して戦争し領土を奪った。
1874年6月-1875年6月、レッドリバー戦争。アメリカ軍は、テキサスのコマンチ族、シャイアン族、カイオワ族との和平協定を破棄して戦争し領土を奪った。
1876年-1877年、ブラックヒルズ戦争。アメリカ軍は、ノースダコタ、サウスダコタのスー族との和平協定を破棄して領土を奪った。
1877年、ネ・ペルセ戦争。アメリカ軍は、オレゴン、アイダホ、ワイオミング、モンタナのネ・ペルセ族との和平協定を破棄して戦争し領土を奪った。
1878年、バンノック戦争。アメリカ軍は、アイダホ、ワイオミングのバンノック族との和平協定を破棄して戦争し領土を奪った。
1878年-1879年、シャイアン戦争。アメリカ軍は、オクラホマのシャイアン族との和平協定を破棄して領土を奪った。
1879年5月-1879年9月、シーピーター戦争。アメリカ軍は、アイダホの西ショーショーニー族との和平協定を破棄して領土を奪った。
1879年9月-1880年11月、ユテ戦争。アメリカ軍は、ユタ、コロラド、ワイオミングのユテ族との和平協定を破棄して領土を奪った。
1890年11月-1890年1月、パインリッジ戦争。アメリカ軍は、サウスダコタのスー族との和平協定を破棄して領土を奪った。
1898年4月-1898年8月、米西戦争。アメリカ軍は、スペイン軍と戦争し、プエルトリコ、フィリピン、グアムを領土として獲得しキューバを保護国とした。
1899年2月-1902年4月、米比戦争。アメリカ軍は、独立戦争を開始したフィリピン武装民兵に対して武力行使し1902年4月までにフィリピン武装民兵を制圧した。
1900年7月-1901年9月、義和団の乱への派兵。アメリカ軍は、日本軍、ロシア軍、イギリス軍、フランス軍、イタリア軍、ドイツ軍、オーストリア・ハンガリー軍とともに清に侵攻(義和団事件または北清事変)し、清と和平条約を締約し撤退した。
1902年、コロンビア領パナマ侵攻。アメリカ軍は、内戦中のコロンビアの反政府武装民兵を制圧するために、パナマに侵攻した。
1906年-1909年、キューバ侵攻。アメリカ軍は、キューバの反政府武装民兵の制圧を目的として侵攻し、1909年に撤退するまで占領統治した。
1912年7月-1933年1月、ニカラグア侵攻。アメリカ軍は、アメリカに協力的な政権を樹立するためにニカラグアに侵攻し占領した。1933年までの占領統治期間に、アメリカ政府は、ニカラグアの政治・経済制度をアメリカに協力的な制度に変革し、反政府武装民兵を武力で制圧した。1933年ニカラグア独立運動のアメリカ軍撤退の要求により撤退した。
1914年4月-1914年11月、1914年のメキシコ侵攻。アメリカ軍は、メキシコ革命戦争時に、アメリカ軍兵士がメキシコ政府軍に拘束されたことを経緯として、革命勢力を支持しメキシコ政府の打倒に協力する目的で、タンピコ港を攻撃し7か月間占領した。
1915年7月-1934年8月、ハイチ侵攻。アメリカ軍は、アメリカに協力的な政権を樹立するためにハイチに侵攻し占領した。1935年8月、ハイチ独立運動のアメリカ軍撤退の要求により撤退した。
1916年3月-1917年1月、メキシコ侵攻。アメリカ軍は、メキシコ革命戦争時に、パンチョ・ビリャの武装民兵がニューメキシコ州に侵攻し民間人を殺害したことに対して、武装民兵を掃討する目的でメキシコに侵攻したが、ビリャりの討伐も武装民兵の掃討も実現できずに撤退した。
1916年5月-1924年、ドミニカ共和国侵攻。アメリカ軍は、アメリカに協力的な政権を樹立するためにドミニカ共和国に侵攻し占領しドミニカ共和国の政治・経済制度をアメリカに協力的な制度に変革した。
1917年4月-1918年11月、第一次世界大戦の米独戦争。アメリカは第一次世界大戦開戦以後も、議会と国民の反対により中立を継続し、イギリス、フランスに対する武器・物資の供給に限定していたが、ドイツ軍がイギリス、フランスへの武器・物資を輸送するアメリカの貨物船を攻撃したことに対し、議会はドイツに対して宣戦布告し、アメリカ軍はヨーロッパ戦線に参戦した。
1918年8月-1919年8月、シベリア出兵。アメリカ政府は、日本、イギリス、フランスとともに、ロシア革命で成立した共産主義政権がドイツと和平協定を成立させて第一次世界大戦から離脱したことに対して、非共産主義勢力の政権を樹立させることを目的として、ロシアのシベリアに派兵した。
1941年12月-1945年8月、第二次世界大戦の米日戦争。アメリカは第二次世界大戦開戦以後も議会と国民の反対により中立を継続し、イギリス、ソ連に対する武器・物資の供給に限定していたが、日本が真珠湾を攻撃した事でアメリカ議会は日本に宣戦布告し第二次世界大戦の太平洋戦線に参戦した。
1941年12月-1945年5月、第二次世界大戦の米独戦争。真珠湾を攻撃を期に日本に宣戦布告した結果、ドイツはアメリカに宣戦布告、アメリカ議会もドイツに宣戦布告しヨーロッパ戦線に参戦した。
1941年12月-1943年9月、第二次世界大戦の米伊戦争。真珠湾を攻撃を期に日本に宣戦布告した結果、イタリアはアメリカに宣戦布告、アメリカ議会もイタリアに宣戦布告しヨーロッパ戦線に参戦した。
こうやって見ると、アメリカは世界一の侵略国家であり覇権主義国家であるといえる。