去年、日本にフェルメールの絵画がやってきました。
フェルメールの地理学者と天文学者
(絵の青い着物は日本式の着物です。)

NHKでフェルメールの紹介をしていました。こういった絵画は当時の様子を知る良い手がかりとなります。
真珠の耳飾の少女(青いターバンの少女)

ゴッホなどが『日本』を強く意識していたほどではないにしろ、フェルメールの絵にも当時の様子をうかがうことができます。
フェルメールの作品のほとんどが女性達の姿を書いています。
しかし、2枚だけ男性の絵があります。
「地理学者」と「天文学者」です。共にモデルは同い年の親友・アントニー・ファン・レーウェンフックという人だといわれているそうです。
そこに共通しているのは、日本の『着物』を着ているということなのです。
当時の貴族や有力者の間では、女性のみならず男性も『着物』を着ることがステータスだったそうです。
地理学者
天文学者

地理学者と天文学者が意味するもの・・・・小国オランダが貿易立国として世界へ羽ばたくことができたのは、地理学という当時の先進の知識のおかげです。
天文学も最先端の知識の象徴であったそうです。そういった世相を映し込んだ中に、日本の『着物』があるわけです。
以下は藤瀬さんのご紹介ページより

モネは日本美術、特に浮世絵を愛好しました。
その素晴らしいコレクションは、今もヴェルニーのモネの家に、飾られています。
モネの作品には浮世絵に影響を受けたとみられる作品が多くあり、
その他にも扇など小道具として、日本のものを取り入れたりしていますが、
この「ラ・ジャポネーズ」ほど、モネの日本趣味を描いた作品はありません。
壁には1ダース以上の団扇が飾られ、床の畳(ゴザ?)にも2枚の団扇が置かれ、
派手な赤の着物を着、金髪のかつらをつけた、妻のカミーユが微笑んでします。
この「ラ・ジャポネーズ」は、第2回印象派展(1876)に出品され、
唯一高値で売れた作品でした。
「カミーユ(緑衣の女)」の9年後に描かれた作品ですが、
モネは「緑衣の女」と対になる作品だと言っています。
キャンバスはこちらも縦が2メートル30以上とほぼ同じ大きさで、
モデルは同じカミーユを等身大に描き、
前を向いた女性が右から後ろを振りむくという構図も同じです。
けれど2作品とも、主役は実はカミーユではなく、衣装なのです。
「緑衣の女」は、ドレスの布地の模倣的描写が、
多くの批評家から絶賛された作品でした。
「ラ・ジャポネーズ」もまた金の葉や侍の刺繍が浮き出るようで、
着物の材質感を現しています。
また、衣装の色も緑と赤と、対になっています。
対になっているものは、他にもたくさんあります。
まずモデルのカミーユの髪の色。
「ラ・ジャポネーズ」では、黒髪のカミーユに、わざわざ金髪のかつらをかぶせ、
それは西洋と東洋の齟齬(そご)を協調の意味合いもありますが、
本来の黒髪の「緑衣の女」と対になっています。
そして背景。
暗く簡略化された「緑衣の女」に比べて、「ラ・ジャポネーズ」は、
これでもかと言わんばかりに細かく、鶴や日本女性など、
団扇の図柄が描かれています。
また、多くのモネの絵に登場するカミーユは常に憂い顔で、
19歳の時に描いた「緑衣の女」では、年齢以上に大人びているのにのに、
「ラ・ジャポネーズ」では少女のように、無邪気に微笑んでいるのが印象的です。
「緑衣の女」の日常的世界と、「ラ・ジャポネーズ」の非日常。
カミーユの伏せた目と開いた目、
と次々と二つの絵が対照的であることが分かります。
ほかに「緑衣の女」のリアルさは、マネの影響を大きく感じましたが、
「ラ・ジャポネーズ」のカミーユの顔は、ルノワールの柔らかさを感じました。
最後にカミーユの持つ扇について。
フランスの国旗の、赤、白、青のトリコロール(三色)となっていて、
カミーユの金髪のかつらと共に、違和感が強調されています。