韓国人が書いた 韓国が「反日国家」である本当の理由(崔碩栄・著)
04 2人の王子が捕虜になった理由
小西行長(Konishi Yukinaga)軍の北上により北方へ避難を余儀なくされた朝鮮王朝は宣祖が北西方向へ、2人の王子が江原道、黄海道方向へ逃げて兵士を集めることにした。明に援助を要請する一方、戦列を整えるためであった。しかし、2人の王子は朝鮮半島の東海岸に沿って北上した第2陣、加藤清正の捕虜になってしまう。それに関してほとんどの韓国歴史の書物は「募兵のために江原道、黄海道方面へ行った2人の王子は、日本軍の捕虜になった」と少ない説明しか書いていない。
これも当時の状況を全く伝えていない説明である。この説明を読んだ学生は、当然に「加藤清正(Kato Kiyomasa)軍に捕まった」と思うだろう。しかし、2人の王子をとらえて加藤清正軍に突き出したのは朝鮮人たちである。兵士を集めるため“地方”に行った2人の王子が横暴な振る舞いを見せると、その振る舞いに我慢のならなかった地方民が反乱を起こし、王子を加藤清正軍に引き渡したというのが事実である。
絶体絶命の危機に陥った王族の行動、そして王族より日本軍を信頼した朝鮮の民衆の行動については教科書では一切説明していない。朝鮮の民衆が加藤清正軍と供に協力して満州地域まで侵攻したり、自治を認められたり、日本軍と友好な関係を維持していたことについては、やはり教えない。
教科書や歴史書に書いてあるのは、簡単に「軍官民が協力して日本軍を敗退させた」という教訓的な内容のみである。そして「なぜ彼らはそんな行動をしたのか」「朝鮮政府はどのような失敗をしたか」に対する反省や批判をしていない。当時の民衆には存在意義がなかったのだろうか。「加害者の日本」と「被害者の朝鮮」だけがある。「加害者の朝鮮政府」と「被害者の朝鮮民衆」はどこに消えてしまったのだろうか。
韓国人が書いた 韓国が「反日国家」である本当の理由
崔碩栄(チェ・ソギョン) 2012年9月、記、
1972年韓国ソウル生まれ。韓国の大学で日本学を専攻し、1999年渡日。2009年韓国へ帰国。
※ 読みやすくするために一部文章を修正しています。