<東日本大震災から2年>同胞たちも復旧へ1歩ずつ
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仙台で開いた全国地方団長会議では被災同胞らに義捐金を伝達。被災者を代表して宮城県本部の李純午副団長が「全国からの支援は本当に心強い。皆さんの思いやりをしっかりと受け止め、がんばっていきたい」と語った(11年7月31日)
中略)
■□福島 未来を信じて生きる

張賢淑さん(52・相馬市)は単身暮らし。ゴルフ場でキャディをしていたが、福島原発から8キロの自宅(双葉郡浪江町)にはもう戻ることができない。相馬市内の借り上げアパートに住みながら、営業再開したゴルフ場に復職。ただ、客数は激減し、給料も半減。ほかのアルバイトもしながら生計を立てている。
「正直、苦しいけど、同胞の仲間や同僚と助け合いながら、今を大切に生きています」

姜姫順さん(54・郡山市)は難病治療で退院した直後、自宅のタンスの下敷きになり大けがをした。先月から再び入院生活を送っているが、民団の支援は大きな心のよりどころとなった。
「あの時、民団があったから無事な今があります。ただ、放射能の影響が今後、わが子にどうなるかだけが心配事です」
尹順子さん(65・南相馬市)は震災直後、母が亡くなるという悲しさが重なった。
「震災当時のトラウマはありますが、民団やみんなが支えてくれているという勇気を持ち、母の分まで力強く生きていきます」
ペ明道さん(66・広野町)は福島第1原発事故の収束拠点である広野町で宿屋と焼き肉店を経営。そのため、震災直後から原発作業員や復興建設関係者で宿屋は大忙しだった。2年を経てようやく、落ち着きを戻した。
「こんな小さな宿でも復興のために必要とされているから、当分は閉められませんよね」
以下略)
福島に住む在日同胞が、困っています。
貧しい祖国に引き取って、救ってあげなさいw
今後も、同胞を福島に放置しておくのですか?
