ナヴォイ劇場

概要 [編集]
ナヴォイ劇場はアレクセイ・シュチューセフが設計して1942~1947年に建設され、1947年11月にアリシェル・ナヴァーイー生誕500周年を記念して初公開されている。劇場の収容観客数は1400人で、舞台の広さは540平方メートルである。 [2]
第二次世界大戦で、ソ連の捕虜になった日本人に強制労働として、劇場の建設が課せられた。長時間の労働に加え、食事には腐ったものが出てくるなど劣 悪な環境であった。実際に作業に関わった500人のうち、79人もの日本人が亡くなっている。しかし、強制労働にもかかわらず妥協のない姿勢で建設に携わ り、細部の彫刻にまでこだわるなど完璧な出来であった[3]。 1966年4月26日にタシュケントを襲った大地震では、78,000棟の建物が倒壊したにもかかわらず、ナヴォイ劇場は無傷であった[4]。
エピソード [編集]
- 建設時、懸命に作業する日本人に対して地元子どもから食べ物の差し入れが行われたが、彼らに対して木のおもちゃをお返しするなど劣悪な環境でも礼儀を忘れなかった。
- 1996年、ウズベキスタン大統領イスラム・カリモフが、建設に関わった日本人を称えるプレートを劇場に設置した。その際の指示は「彼らは恩人だ、間違っても捕虜と書くな」というものであった。プレートには、「1945年から1946年にかけて極東から強制移送された数百名の日本国民が、このアリシェル・ナヴォイ―名称劇場の建設に参加し、その完成に貢献した。」と日本語で書かれている[5]。

凄いなあ (;゚Д゚)!




墓地全景、石碑に殉職者名が刻まれている。
隣接してドイツ人抑留者の墓地がある

【動画】
過酷な強制労働にも関わらず見事な仕事を為し、それが現在ウズベキスタンで親日感情が高いことに繋がっている。
ウズベキスタンの親は、生まれてくる子供たちに「日本人は、戦いに敗れても誇りを失うことなく真面目に働いて立派な仕事をしたのよ、あなたも日本人のようになりなさい。」と教えてるそうです。