「貢女」の実態とは
高麗・朝鮮王朝時代の「娘が生まれたら秘密にしたまま暮らす。他人に知られるのが心配で、隣人にも娘を見せられない。娘を隠していた事実が発覚すれば、村全体が害を被ることになり、親族を縛って取り調べ、屈辱を与える。処女を選ぶ過程でわいろが取り交わされるが、
金がある者は切り抜け、金がない者は連れて行かれる」高麗時代、中国に献上しなければならなかった「人間の献上品」こと貢女のことだ。恥辱の歴史は、5世紀初めまでさかのぼる。
中国から、貢女を選ぶ「採紅使」が訪れると、朝廷の巡察使が各地を物色して回った。各地から処女30人が選ばれ、ソウルに移送された。父母を亡くして3年以内の女性や、息子がいない家の一人娘を除いた7人が、景福宮での最終審査に臨んだ。
娘たちも指名を避けようと、体に障害があるかのように口をゆがめたり、足を引きずったりした。最終的に、娘たちの父親は全員罷免されたり、流刑に処されたりした。選抜から免れようとした者」について、厳罰に処するという号令を下した。
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