記者の目:「川口の中国人」を取材して=鴇沢哲雄
毎日新聞 2013年06月25日 00時00分
◇対話重ね相互理解を
日本には約67万人の中国籍の人々が暮らしている。街で中国語らしい会話を聞く機会も増えた。だが、日中国交正常化40周年を迎えた昨年以降、尖閣諸島の国有化問題をきっかけに両国関係は戦後最悪といわれる緊張状態に陥っている。「中国を理解する手がかりはないだろうか」。そんな思いで埼玉面に連載企画「ニイハオ 川口の中国人」を11回掲載した。さまざまな地域から日本に来た人たちの話を聞き、私の「古い中国像」が瓦解(がかい)していった。
私の担当エリアである埼玉県川口市には県内自治体で最も多い約1万2000人の中国人が暮らしている。ただ、私は仕事でも私生活でも、これまで中国から来た人と深く付き合ったことはなかった。「お隣の国、中国の人はどんな人たちか」。まず自分でそのことを知り、読者に紹介するところから始めようと考えた。
取材を始める前は、共産党一党独裁の国の人たちから本音を聞き出すのは容易ではなく、発言の根底には「歴史問題」や「愛国主義」に由来する日本への嫌悪感があるのだろうと思い込んでいた。だが、取材に応じてくれた人たちはみんな明るく冗舌だった。多くが日中間の現状を憂い、「私たちにも言わせてほしい」との強い思いをにじませていた。
◇デモ参加は一部、「私たちも迷惑」
28年前に来日し、日本人の夫の介護を続ける楊秀萍さん(51)は「日本人は中国人に対し『反日デモで石を投げている』という印象を持っているが、それは一部の人たち。日本で苦労しながら頑張っている中国人がたくさんいることを知ってほしい」との理由で取材に応じてくれた。「デモ参加者は社会に不満を持つ一部の若者で、私たちにとっても迷惑」と言い切る人もいた。
日本ではデモの背景に「反日教育」があるとの見方がある。これについても大半が「日本と戦争をした歴史を教えてもらったが、反日教育とは思っていない」などと否定的だった。日本の戦争責任については「歴史は歴史。大切なのは、新しい時代」と未来志向の声を多く聞いた。私にとっては意外な言葉ば かりだった。自分が抱いてきた「常識」への疑問がわいてきた。
日本のメディアに対して「悪いニュースば かり流している」と不満を漏らす声も少なくなかった。確かに、反日デモや、来日中国人の犯罪を大きく扱う一方で、実像に迫る報道は必ずしも多いとは言えないだろう。自分自身も偏った印象を抱いていた一人だ。報道に携わる者として耳が痛かった。
取材した17人の出身地は北京、東北部のハルビン、大連や、内陸部の西安、山東省、四川省などさまざまだった。年齢は12〜80歳。中国語講師、主婦、留学生、起業した会社経営者、中華料理店長、IT技術者など職業も多彩だ。
「一休さん」「ドラえもん」「クレヨンしんちゃん」。日本でおなじみのアニメは中国の子どもたちにも大人気という。俳優の高倉健さんは、中国でも、やはり大スター。「以前、ハルビンに里帰りしたら、男の人がみんな健さんの髪形。おかしかった」と教えてくれた人もいた。中国の人たちが日本を身近に感じていることが分かるエピソードだ。
◇日本人にもっと知ってほしい
では日本人はどうか。14年前、日本で起業した李顕庫さん(45)は「日本の社会は、個人の頑張りが組織に貢献することで求心力を保っている」と分析する。彼らが日本を理解しようとするほどには、私たちは中国を知ろうとしているだろうか。
西安出身の崔雄軍さん(38)は「故郷を紹介するテレビを見ていたら、農民がのんびりと牛車をひく場面が出てきた。私も見たことないよ」と笑った。「日本人はもっと中国を知ってほしい」。この言葉を重く受け止めたい。
「中国人はゴミ出しのルールを守らない」という批判をよく聞く。そう伝えると、川口市の国際交流員を務めた王春梅さん(43)は「(外国人が)きちんとルールを理解していることを確認していますか」と私に問いかけた。相互理解に向けたヒントがこの言葉に隠されていると思う。
以前の私と同じような「常識」を抱いている日本人はまだまだ多いと思う。私たちがもっと中国を理解し、中国の人たちにもっと日本を知ってもらうためには、地域での交流はもちろん、観光、留学、さまざまな民間レベルの交流が欠かせない。個々の対話の積み重ねが、両国の関係改善につながるはずだ。連載を終えた今、そう確信している。
http://mainichi.jp/opinion/news/20130625k0000m070119000c.html