最大のデタラメは何といっても、1910年の日韓併合まで韓国が有史以来あたかも独立国であったかのように記述されていることに尽きる。
1258年に高麗はモンゴルの襲撃により事実上壊滅する。その後、三別抄というパルチザンが江華島、珍島、済州島で抗戦するも1273年には平定され、高麗はモンゴルの完全属国になる。その後はモンゴル皇帝の元に人質に出されていた王子が高麗に戻され王になる。傀儡政権時代だ。ちなみにその後、日本を攻撃した元寇はこの傀儡政権が元に提案して実行された。
ところが韓国の国定歴史教科書では「高麗と元(モンゴル)は講和を結んだ」でおしまいだ。これでは事実が全く伝わらない。あたかも対等の立場で戦争を終結させたかのようなデタラメ記述。
しかしより深刻なデタラメは1637年1月30日の三田渡の盟約を完全もくさつしていることだ。一切記述がない。清との間に戦争があったことすら記述がないのだからあきれる。第16代朝鮮王仁祖は丙子胡乱で惨敗し、清のホンタイジの前で9回土下座(三跪九叩頭の礼)してやっと許してもらった。

三跪九叩頭の礼

大清皇帝功徳碑復元記念レリーフ 清国皇帝(ホンタイジ)に土下座で許しを乞う16代朝鮮王仁祖

この時の謝罪を記念して仁祖王自らが建立した石碑があの有名な大清皇帝功徳碑(三田渡碑)だ。内容の要約はこうだ。
・愚かな朝鮮王は偉大な清国皇帝に逆った。
・清国皇帝は、愚かな朝鮮王を窘め、この大罪を諭してやった。
・良心に目覚めた朝鮮王は、自分の愚かさを猛省し、偉大な清国皇帝の臣下になることを誓った。
・我が朝鮮は、この清国皇帝の功徳を永遠に忘れず、また清国に逆った愚かな罪を反省するために、この石碑 を建てることにする。
1273年の事実や1637年の三田渡の盟約は韓国の歴史上最も重要な事実であるにもかかわらず、1273年のほうは、デタラメな記述のみ、三田渡のほうは完全隠蔽で記述すらない。
中国の属邦の中でも朝鮮の地位は最も低く、 下国のなかの下国であった。
本当の朝鮮の歴史を知れば本来、自分たちの祖先の不甲斐なさや民族・歴史の不幸をまず嘆くはずなのだ。あるいは中国を多少恨んでもいい。
ところが祖先は美化脚色され、その辻褄あわせで中国が朝鮮半島を常態的に属国にしてきたことは隠蔽された。
その結果、韓国人の病的な恨のエネルギーのすべてが日本と1910年の日韓併合に襲いかかる構造になってしまったのだ。韓国のデタラメ教科書のせいである。
日韓併合は宗主国が元や清から大日本帝国に変わっただけというのが、実態に近い。だが韓国の歴史教科書では有史以来初めて独立が奪われたかのように記述されている。
韓国には独立門という有名な門があるが、デタラメ歴史教育のせいで、ほとんどの韓国人はこの門を日本から独立して建造されたものと勘違いしている。実際は清国からの独立を記念して建てられたものであるにもかかわらずである。韓国の歴史教科書に独立門の写真は掲載されている。しかし一切説明がない。当然下関条約第1条の内容も韓国では国家機密?なので隠蔽され教えられない。
独立門

日清戦争後に建てられた「独立門」1896年、なぜ独立なのかは、清から独立したからです。
で、その前にある石柱が残っているでしょ?

それが何の建物の跡かと言うと・・・・・

迎恩門
清皇帝から受けた恩に、感謝して迎えるために作った門
ここで朝鮮王は、9回頭を地面に叩きつけて、ひれ伏し、清の使者を迎えました
ちなみに40年足らずの日本統治時代、朝鮮民族は民族規模が700万人から2500万人にまで増えている。人類史上類例がないのではないか。40年足らずで一民族が3.5倍にまで拡大するなど。日本統治は朝鮮民族に空前の繁栄をもたらした。しかしデタラメ教科書はそういった事実も都合が悪いので隠蔽する。
韓国の歴史教科書のデタラメを具体的に列記したらきりがない。自国民を20万人大虐さつした1950年の保導連盟事件も累計8万人大虐さつした1948年の済州島四・三事件も教科書に記述がない。完全隠蔽である。韓国では、たかだか5~60年前に関が原の戦い以上のさつがいがあったにもかかわらず教科書はわざともくさつする。捏造・隠蔽のオンパレードだ。