※13世紀から16世紀にかけて朝鮮本土や中国を荒らしまわっていた「倭 寇」と呼ばれる海賊が鬱陵島を拠点に朝鮮本土を襲ったり、
1417年、李氏朝鮮の太宗はこの対策として、
同島の居住者に本土への移住を命じた。
いわゆる「空島政策」の発令で、その後460年以上に渡って無人島となった。
※李氏朝鮮は長期間、無人島政策をとっていたため人は住んでいなかったが、1882年、国王高宗は鬱陵島検察使・李奎遠にこの島の調査を指示し空島政策を廃止、その後再び人が住み始めた。
朝鮮政府の方針として、鬱陵島などへの渡海は禁止されている。
465年~479年の間は公的に朝鮮の開発や漁業活動は無い。
※渡海禁止の無人島政策は基本。
※朝鮮は1882年(高宗19年)、
鬱陵島より遥か先には島は全く無く、現地 に渡った住民も近くの小島に松竹島や于山島等の名を適当に当てているだけで、 于山が欝陵島を指しているのは、耽羅が済 州島を指しているようなものだと結論付け ている。
長期間渡海禁止の政策をとっていた朝鮮。竹島の認識、開発など有るはずも出来るはずも、領土権原、実績とう根拠も全く無い。