ベトナム戦争中の1966~1968年にかけて、韓国軍はベトナム・フーイエン省の海側のほぼ
全域に駐留し、婦女子への性暴行や民間人の大量虐さつを行なった。
韓国はこれらを「なかったこと」にしているが、
その蛮行の数々について、フォトジャーナリストの村山康文氏がレポートする。
虐さつ行為が繰り返されたフーイエン省各地では、さらに凄惨な事件も発生した。
地元紙『フーイエン新聞』のファン・タン・ビン編集長が語る。
「我々は2年間をかけてフーイエン省の村々で起きた韓国軍による虐さつ事件の聞き取り
調査をしました。その中には我々も耳を疑うような事例が多数、含まれていたのです」
同紙が編纂した調査報告書には、1966~1967年にかけてトゥイホアとトゥイアン地域で
起きたおぞましい事件が記録されていた。
・韓国軍は村の女性を輪姦し、ナイフで乳房を切り取った。
その後、女性器にナイフを突き立てさつ害した。
・カエルの股裂きのように子供の股を裂いた。
・子供を放り投げ、兵士が持つナイフの上に落としてさつ害した。
・5人の兵士が1人の女性を輪姦し、最後にナイフで喉を突いてころした。
このような狂気に満ちた韓国軍の蛮行は、特に、ベトナム中部の農村地帯で目立っている。
フーイエン省から車で3時間ほど北上したビンディン省でも虐さつが繰り返された。
同省タイソン県のタイヴィン村に住むヒュエン・ティ・ムイさん(60)は、
12歳の時に虐さつ事件に巻き込まれた。
「1966年1月23日の午後2時ごろ、韓国軍が村にやって来ました。私は咄嗟に近くの家に
逃げ込んで助かりましたが、村人13人は全員、拳銃で射さつされました。
しばらくして村に戻ってきた韓国兵は、弾が急所を外れて悶え苦しむ村人に再び銃口を向け、
とどめを刺したのです。その後、韓国兵たちは激しく踊り出し、それは30分以上続きました」
韓国軍基地があったビンディン省では虐さつだけではなく、兵士による強かん事件も多発した。
本誌がかつて取材した同省在住のマイ・ディンさん(年齢不詳)は17~18歳の時、韓国兵に
輪姦され男の子を身ごもった。
「当時、私は150人ほどが駐留する韓国軍基地の食堂でメイドとして働いていました。
ある日の夕方、後片付けをしていると、背後から突然、複数の韓国兵が襲い掛かり、
私をテーブルの下に引きずり込んだのです。怖くて抵抗することも声を上げることも、
目を開けることもできず、4~5人の男が押し入ってくるのを耐えるしかありませんでした。
それ以上は話したくないし、思い出したくもない」
このようにして韓国人との間に生まれた子供は「ライダイハン」と呼ばれる。
「ライ」は混血、「ダイハン」は韓国を意味する蔑称だ。
ベトナムには最大で3万人のライダイハンがいると推計される。
その多くは戦争終結後、ベトナムに流入した韓国人ビジネスマンと現地女性の間にできた
子供と言われるが、韓国兵のレイ プによって生まれたライダイハンがいるのは紛れもない事実だ。
韓国兵が現地の売春婦を妊娠させるケースも少なくなかった。
1969年に志願兵としてベトナムに渡った韓国人男性が匿名を条件に語る。
「ベトナム南部には米兵や韓国兵を相手にした売春街が点在していました。
売春婦が客を求めて街の食堂に来ることもあった。兵士の多くは20代の若者ですし、
過酷な任務で募るストレスや不安を解消するため麻薬に手を出したり、売春婦に相手を
してもらうことも珍しくありませんでした」
元南ベトナム政府軍の兵士で、ライダイハンの里親になったチャン・デュイ・リエムさんが
証言する。
「私が韓国兵とよく遊びに行ったのは、猛虎師団の基地があったビンディン省
クイニョン市内のバーです。
ここでは、気に入った女性がいるとわずかなチップで外に連れ出すことができた。
のちに私が引き取った子供も、そうした女性と韓国兵の間に生まれたライダイハンです」
リエムさんに引き取られたのは、当時1歳だったチャン・ティ・デュンさん(46)だ。
「母は生後間もない私をゴミ捨て場に放置したそうです。韓国兵との間にできた子供と
知れ渡ったら売春婦ということがばれてしまいますし、やむを得ぬ決断だったのでしょう。
実の子と分け隔てなく私を育ててくれた父(リエムさん)に感謝しています」
※SAPIO2014年8月号 NEWSポストセブン
http://www.news-postseven.com/archives/20140715_265341.html
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