航空自衛隊の練習機。
国産の日本ジェットエンジン製 J3 を搭載。
しかしアメリカ製のT-33が主に訓練に使われたので、わずか66機で生産終了。ただし運用期間は長い。
NJE(日本ジェットエンジン株式会社)は三菱重工の裏切り(三菱商事と組んで商売に走った)で解体、その資産を継承したIHIが以後日本のジェットエンジン開発のリーダーになる。
IHIがリーダーになったことは日本のジェットエンジン開発停滞の遠因でもある。
NAMC YS-11
戦後初の国産旅客機。
業際の国策会社、日本旅客機製造株式会社を設立してオールジャパン体制で開発。エンジンはRR製。
セールスは芳しくなく、この後日本の旅客機開発は停滞期を迎える。
航空自衛隊、海上自衛隊で連絡機として運用中。南米、アフリカあたりで旅客機として現役という噂もあるが詳細は不明。
三菱 T-2
F-4ファントムの導入を見据えて超音速での訓練を行う高等練習機として開発される。
F-86セイバーの代替となる支援戦闘機に改造できる事が開発要件に上げられていた。
エンジンはRR・チュルボメカ アドーア(チュルボメカはフランスのメーカー)。
ジャギュアとの類似(エンジンが同じアドーア)を良く言われるが、T-2 は思想としては、F-104 寄りである。ジャギュアの方が翼面積が大きく、よりモダンな設計といえるだろう。
三菱 F-1
T-2 を元にした戦闘機。社会党の強い時代だったので、単語一つにも気を使って支援戦闘機としているが、実態は戦闘爆撃機である。
この頃の仮想敵は、北海道に上陸するソ連軍だったので塗装は陸上迷彩である。F-2 の仮想敵は海から来る想定なので洋上迷彩になった。
川崎 C-1
戦後初の軍用輸送機である。エンジンは P&W JT8D-9。
これまた社会党に気を使い航続距離を抑えた(海外に派兵できないことを要求された)ので極めて使い勝手が悪い輸送機になっている。
結局は C-130 を輸入して併用することになった。
T-4 (練習機)
T-1 以来久々の完全純国産の練習機。エンジンは IHI F3-IHI-30。
機体の40%に炭素繊維を使用していて軽量。反面、強度が低いというか、改造の自由度が低くなっている。軽攻撃機に改装するために機関砲を取り付けたら、機体にクラックが入ったとか。
アルファジェットに似ていると言われるが、それほど似ていない。つうか T-4 の方が格好良いw
この他、F-2, C-2, P-1 とまだまだ国産機はありますが、今夜はここまで。
大戦中の技術者の残っていた70年代の方が航空機産業は勢いがありますな。技術の断絶があると開発は困難になるようです。その点で日本の航空機産業はアメリカの作戦にやられたと言えるでしょう。
GO MRJ!
プロペラの練習機を分解コピーした経験だけで、韓国はステルス戦闘機が本当に作れるのでしょうかね?