●インドネシア祖国防衛義勇軍の曲
アジアはとうとう立ち上がった自分を捨てて全力をつくす
連合国を壊滅させるためなら生命は惜しくない
進行して進行して義勇軍
アジアとインドネシアの英雄
きれいな東洋に幸せを
古いアジアは不幸に苦しんで激しい圧制に何世紀
大日本は勇ましく立ち上がり,アジアを助けて私たちを守る
進行して進行して義勇軍
アジアとインドネシアの英雄
美しい東洋に幸せを

初めてのインドネシア国旗を上げるのを手伝う日本兵。左からスカルノ大統領、ハッタ副大統領
●ククリット・プラモード(タイ元首相)
日本のおかげでアジアの帝国は皆独立した.
日本だと言うママは難産して母体を害したが生まれた子供はのびのびとしている.
今日,アジア帝国民がアメリカやイギリスと対等に話ができることは一体誰のおかげさまか?
それは「自分を犠牲にしてアジアを救助した」日本だと言うママがいたからだ.
12月 8日(真珠湾攻撃)は私たちに,この重大な思想を現わしてくれたママが一身をかけて重大決意された日だ.

●デイリー・メール紙(イギリス)
日本が戦争を始めた理由は,フィリピンを含めた東洋へのアメリカの進出を,いくら日本が恐怖に感じたのかを理解しなければ分からないだろう.
また 1941年に,アメリカが日本へのすべての石油資源の供給を切った時の日本が感じた深刻さも無視することができないだろう
.(※インドネシアに油田があり,日本はアメリカの影響をアジアから絶とうとして真珠湾攻撃を決意した。生き残るための大きな賭けであった)
皇居に入る木炭バス1941(石油の輸入ができないため、不便な木炭バスで我慢する日本人。)
●パール博士(東京裁判判事のちにUN国際法委員長)
「こんなことをされては、モナコ公国でもルクセンブルク王国でも矛を取って立ち上がるだろう」
パール博士は日本人全員無罪であると主張した。
●アラムシャ(インドネシア 副首相)
うちのインドネシア人はオランダの鎖を切って独立するように ,350年間に何回も闘いを試みたがオランダのスパイ網と強靭な無力と苛酷な法律によって圧倒されて壊滅になってしまった.
それを日本軍が渡来するやいなや,オランダの鎖を切ってくれた.
インドネシア人が歓喜して感謝感激したことは当然だ.

●シャピ(マレーシア外務大臣)
日本はどんな悪事をしたと言うか?.
大東亜戦争でマレー半島を南下した時の日本軍はすごかった.
わずか 3ヶ月にシンガポールを陷落させて,私たちには絶対に勝つことができないと思ったイギリスを屈服させたのだ.
私はまだ若かったが,その時は神様の軍隊が来たのだと思っていた.
日本は負けたがイギリスはまた取り返しすることができずにマレーシアは独立したのだ.

●レイリンク(極東国際軍事裁判蘭代表判事)
日本は西洋帝国の植民地を解放した罪によって処罰されたが,
その 4半世紀も経過する前に,1960年(昭和 35年)にUNが植民地を保有することを
不法行為だと宣言して,その後,国連総会が植民地の保有を犯罪として規定さえした.
●マハティル(マレーシア受賞)
日本の戦争責任を問ったら,それより以前,盗賊的な支配と収奪を続いた欧米の宗主国の責任はどうなるか.

日本が来たことでマレーシアは植民地支配から解放されて近代化が招来された.
●ドイツの歴史教科書
日本のナショナリストや軍国主義者は,黄色人種を白人の支配から解放するために戦争を遂行したと主張した.この中で自らの利益を隠しているが,実は真実でもある.
ベトナムやインドネシア,インドなど,ヨーロッパ帝国に支配されていた植民地帝国の国民による独立運動は,真珠湾の勝利によって加速された.そして日本はヨーロッパの植民地支配層をアジアから追放して,このような支配層の特権を大きく害した.

パラオ、マーシャル諸島の切手
●ルイス・マウントバッテン大将(イギリス軍東南アジア総司令部司令官)
不敗を誇った日本軍も半年の戦いに衣服や靴もよれよれされて,支えることは不屈の精神力だけだった.
日本軍はインパールに対して,遂に負けたが,そこには何かが残った.
それは歴史学の権威 Toynbeeが適切に喝破したとおりだ.

●ウォー・ヌー(ビルマ外務大臣,1943年 8月 1 独立演説)
歴史は,高いアイデアリズムと目的の高潔さに作動した国が,抑圧された民衆の解放と福祉のために生命と財産を犠牲した例を一つ位見なければならない.
そして日本は人類の歴史上,初めてこの歴史的役目を果すように運命だったように見える.

ビルマから勲章が授与された日本兵と未亡人
●ヤダフ(インド国民軍大尉)
インドが今存在することは日本のおかげさまであり,それは言語で表現できないほどです.
偉大な日本はインドを解放するのに,できるだけの軍事援助を提供しました.
何十万人にも逹する日本軍将兵が,インド国民軍の戦友として皆血と汗と涙を流してくれました.
インド国民軍は日本帝国陸軍がインドの大義のために支払った崇高な犠牲を,永久に忘れません.
インドの独立は日本陸軍によって招来されました.
ここに両国の縁をいっそうもっと強くできることを祈ります.

日本国旗とインド国旗を持った英雄像(インド)
●ラマン(インド国民軍大領)
ミャンマー,インドネシア,フィリピン等の東アジア帝国の植民地支配から開放され順々に独立することができたことは日本が育てた自由への炎によることであることを特に記録しておかなければならない.

フィリピン、マニラ市内に張られたフィリピン共和国独立記念日のポスター (1995)
●ノンティックク(マレーシア上院議員)
私たちは,マレー半島を進撃して行く日本軍に歓呼の声を上げました.
負けて逃げて行くイギリス軍を見た時に今まで感じたことがない興奮を感じました.
それにマレーシアを占領した日本軍は日本の植民地にしないで将来のそれぞれの国の独立と発展のために,それぞれの民族の国語を普及させて青少年の教育を行ってくれました.

●朴鉄柱(韓国,韓国-日本文化研究所)
大東亜戦争で日本は負けたと言うが,敗戦国はむしろイギリスを始まりにする植民地を持った欧米諸国だった.彼らはこの戦争によって植民地を無くしたではないか.
戦争に勝ったか負けたのかは,戦争目的を果たしたのかによって決まる,と言うことはクラウゼビッツの戦争論だ.日本は戦闘に負けて戦争目的を果たした.
日本こそ勝ったのであり,日本の戦争こそ,”神聖な戦争”だった.
ある人は敗戦によって日本の国土が破壊されたと言うが,このようなことは早く回復することができたではないか.
2百数十万人の戦し者は確かに帰って来ないが,しかし彼らは英霊として靖国神社や護国神社に永遠に暮して国民の尊崇対象になるのだ.

日本は北朝鮮や中国とは大きく異なる。
日本では、日本がアジアを解放したと教育していないが
いずれ知られること。
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