韓国人が地震を「天災ではないなにか」のように畏れる理由
9月12日に慶尚北道慶州市周辺で発生した地震について、韓国では誰もが「強震」と呼んでいる。
「規模5.8の強震が韓半島(朝鮮半島)を揺るがした」「震度5.8の強震でも被害が少なかった理由は」などと報じるメディアなどどこも同じだ。しかしこの地震は本当に強震だったのだろうか。(中略)
実際の所「震度5.8の強震」という言葉は、表現の仕方自体が間違っている。5.8は震度ではないし、また強震でもない。(中略)
韓国でも以前は日本と同じ基準を適用していたが、2001年から米国などに合わせて「メルカリ震度階級」を採用した。これは1から12までの段階があるが、「強震」などと表現する基準はない。ただし日本で強震とされる「壁にひびが入り、壁や柱が破壊するものがあるレベル(震度5)」であれば、メルカリ震度階級では7か8になる。今回の地震で最も揺れが大きかった慶州ではメルカリ震度階級で6だったが、日本式の震度では4程度だ。つまり厳密に言えば「中震」だったわけだ。
記者が今言いたいことは「今回の慶州地震は実はさほど強くなかったので、備えは必要ない」という話ではない。国民の多くは自分が踏みしめる地面が揺れることに慣れていないし、実際に恐ろしい経験だったと思う。誰もが慌てただろうし、また災害情報メールも遅れ、テレビなどは的外れのニュースばかりだった。また今後も「災害時に指揮するコントロールタワーの立ち上げ」「非常警戒態勢の整備」などやるべきことも非常に多いだろう。
しかしまず何よりも必要なことは「地震について正しく知ること」ではないだろうか。地震は備えができない災害ではないし、また克服できないものでもない。地震に慣れた日本と比較はできないが、日本では最近も慶州地震以上に強い震度5、あるいは6の地震がたびたび発生している。しかしこの程度の地震ではさほど大きな被害は発生しない。ところがたとえ警報システムや耐震設計が行われていたとしても、地震の規模とは何か、震度とは何か、今起こった地震が客観的にどのようなもので、どれだけ危険なのかを国民自らが冷静に判断できなければ、まともな対応など最初から不可能だ。無知はパニックに、そしてそのパニックはより大きな被害をもたらす大惨事につながるかもしれない。やるべきことは多いが、まずは国民が正しい知識をしっかりと持つことが何よりも最優先の課題だ。
(引用ここまで)
これを読んで「おお」と膝を叩いた部分がありまして。
いや、記事に書いてあることは当たり前のことばかりなのですが。
韓国人の地震への恐れというものが、なんというか天災へのそれではないなというのを感じていたのですよ。
他にもいろいろとリアクションを書いた記事があったのですが、なんというか全体的な恐がりかたが妖怪とか物の怪へのそれなのですよ。
日本人であれば「このくらいの地震に対してはこういうリアクションでOK」という方程式が確立しているのですが。
震度3ならTwitterで「ちょい揺れっすね」
震度4ならTwitterで「おお、揺れてるわ」
震度5弱だとTwitterで「これはでかいかな」
震度5強だとTwitterで「やばい、でかい」
震度6弱以降はさすがにつぶやかなくなる……ってとこですかね。あとで写メ撮って「うちの被害こんなんでした」くらいなものでしょうか。

日本人は「地震だ」ってTwitterをしなくなってからが本気。
でも3・11のときは6弱の東京で「やばい、超揺れてる」くらいのことを書いてたような気もする。……まあ、地震は日常の一部なのですよ。
これが韓国の場合になると「知らないものへの恐怖」で溢れているのですね。だから恐がりかたが「単純な恐怖」ではなく「畏れ」に近くなる。
気象庁震度が4で全壊家屋が出て特別災害地域指定されるくらいだから当然といえば当然かもしれませんが。
ま、これから馴染んでいくことになるんじゃないでしょうかね。