250軒しか家のない済州島でどうやって少女20万人も強制連行出来たのか韓国人は説明しなさい。

米国のニュージャージー州のパリゼイズ・パーク市の公立図書館前に建設された
碑文には、「日本帝国政府の軍によって拉致された20万人以上の女性と少女」と記されています。(写真下)

写真は塚田一郎参議院議員のHPよりお借りしました。
http://blog.livedoor.jp/t_ichiro01/archives/52058307.html
5年前に、米国議会で慰安婦に関する決議が採択されて以降、韓国人の日本人に対する民族差蔑意識はますますエスカレートしています。
150万人の在米韓国人の前に、20万人の在米日本人の抗議の声はかき消されようとさえしています。
真実を嘘と人数でねじ曲げようとしている。
いつものコリアンの手口です。
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せっかくですので、従軍慰安婦について、ひとこと付しておきます。
なるほど戦時中、日本軍の在韓駐屯地の前には売春宿が立ち並びました。
当時半島の駐屯地にいた軍人さんたちは、兵舎の前に立ち並ぶ売春宿に、ずいぶんお世話になったようです。
当時の軍人さんたちの給料は、兵隊さんで、月給10円前後、将校クラスで25円くらいでした。
彼らの多くは、もらう給料の3分の1を実家に送金、3文の1を生活費、残る3分の1を売春宿につぎ込んでいました。
当時の隠語で、「朝鮮銀行に貯金に行く」と言っていたそうです。
たくさんの兵隊さんたちが、それだけのお金をつぎ込んだのです。
それこそ零戦何百機分どころか、戦艦の2~3艦が建造できるくらいの大金が、彼ら朝鮮人女性のフトコロに流れ込みました。
おかげで、当時の朝鮮人売春婦たちは、月に1000円から、ちょっと好い女性なると2000円くらい稼いでいたといいます。
今で言ったら、月収3000万円、年収にしたら4億円近い収入を得ていたわけです。
しかも日本人はやさしい。乱暴なことはしない。
軍の規律で、売春宿での飲酒は禁止です。
中には真剣に交際、結婚を考える兵隊さんもいたという。
加えて、当時の韓国は(いまもそうですが)女性蔑視がはなはだしい国柄です。
家にいても、殴られたり蹴られたりはあたりまえ。
むしろ売春婦となって日本人の相手をしているほうが、はるかに優しくしれもらえ、楽しくて幸せだったというのが、多くの売春婦たちの実情だったというのが、実際の姿です。
ついでに申し上げれば、彼女たちには、日本軍が、軍費で毎月健康診断を実施していました。
これは当たり前といえばあたりまえのことで、若い皇軍兵士さんたちが、売春宿で梅毒や淋病に罹り、いざというときに兵隊として役に立てないというのでは、話にならないからです。
売春というのは人類最古の商売なのだそうですが、ひとつはっきりといえることは、当時の韓国人売春婦たちにとっては、まさに日本人相手の商売をしていた方が、現実問題として実家にいるよりはるかに幸せだった、ということです。
次の2枚の写真をみてください。
一枚目の写真は、日本軍の移動の際に、日本軍の後について川を渡る朝鮮人売春婦です。
この屈託のない笑顔と栄養満点の容姿は、果たして強制連行されて無理矢理、性奴隷として性を収奪されていた女性たちの姿なのでしょうか。
日本兵の後について川を渡る朝鮮人売春婦

二枚目の写真も慰安婦の写真ですが、この写真の右端の笑顔の女性は、従軍慰安婦の写真の掲示の際は、なぜか必ずカットされています。
慰安婦の写真 右端の日本人女性は必ずカットされる

強制連行された性奴隷さんにしては、ずいぶん屈託がありません。
ではその朝鮮人女性たちは、日本軍が無理矢理、性奴隷として強制連行してきた女性たちなのでしょうか。
答えはNOです。
下の写真は、韓国政府がうっかりホームページに、日本軍による強制連行の証拠として載せて、慌てて削除した写真です。
漢字が読めなかったのでしょうか。
「慰安婦急募」「慰安婦至急大募集」
強制連行ではありません。
「募集」とちゃんと書いてある。
募集と強制連行では、ずいぶん意味が違います。
韓国政府がうっかりHPに載せて削除した募集広告

当時、韓国では、娘が女衒に売れると、親兄弟たちから親戚一同まで集まってきて、一晩中飲めや歌えの大騒ぎをして喜んだといいます。
手付けで、大金が転がり込んだのです。
しかも翌月からは毎月、それまでの5年分の年収くらいのお金が送金されてくる。
日本人的感覚からしたら、たとえどんなにカネを積まれたとしても、娘の売春を喜ぶ親など皆無であろうと思うのだけれど、当時の鮮人の多くには、そういう感性すらなかったということです。