百済国は346年~660年に朝鮮半島に存在した国。
倭人についての確実な初出は75年から88年にかけて書かれた『漢書』地理志である。
その後、280年から297年にかけて陳寿によって完成された『三国志』「魏書東夷伝倭人条」いわゆる『魏志倭人伝』では、倭人の生活習慣や社会の様態が比較的詳細に叙述され、生活様式や風俗・慣習・言語などの文化的共通性によって、「韓人」や「濊人」とは区別されたものとして書かれている。
5世紀南北朝時代の南朝宋の時代の432年(元嘉9年)に范曄が書いた『後漢書』列伝巻85(東夷列伝)には1世紀中葉の記述として「倭の奴国」「倭国の極南界」、
小国分立の状態はつづきながらも、政治的には「倭国」と総称されるほどのまとまりを有していたことが知られる。
また南朝の史書には沈約(441年 ~ 513年)によって書かれた『宋書』倭国伝には倭の五王について書かれている。
656年(顕慶元年)に完成した『隋書』東夷伝には「九夷」「倭奴国」という記載がある。
945年に書かれた『旧唐書』、1060年に書かれた『新唐書』にも倭人に関する記述がある。