60年代後半から始まった韓国経済の跳躍, いわゆる "漢江の奇跡"は独裁政治が残した多くの弊端にもかかわらず朴正煕前大統領を今までも仰ぎ敬うようにしている. たとえ政治的側面では多くの過誤を残したが経済的側面では大韓民国を早く起こして立てたということが朴正煕前大統領に対する通常的な評価だ.
しかし当時の韓国経済の高度成長は朴正煕政府の政策ではないアメリカの支援徳沢だったという主張が最近申し立てられた. 迫近号日本静岡台教授が自分の新刊 "朴正煕経済神話解剖"で主張したのだ.
迫近号教授は 60年代後半に始まった高度成長が朴正煕政府の政策が押したのではない産業分野で始まったという点を指摘しながら朴正煕政府の経済政策課経済成長の結果の間に因果関係が成り立たないと京郷新聞とのインタビューで言う:
“経済開発計画の目標と実績の間に格差が大きく広げられていただけでなく政策方針とも行き違う場合があまた現われるなどエコノミックスポリシーとの因果関係が成立されないです. 例えば輸出売れ筋商品だった被服類は目標を果たすことができなかった一方, 売れ筋商品ではなかった下着は被服類の 2倍に近い輸出実績を果たすなど政府の意図とは反対される結果が出ました. 製品の国際競争力が良かったのではなくアメリカが品物を買ってくれたからです.” (京郷新聞 3月 29日)
朴教授は当時輸出促進政策を広げていた限りないアジア国々の中で特に韓国だけが成果をおさめることができたことは外でないアメリカの政策徳沢だったと主張する. ベトナム戦以後韓国を反共の堡塁にしてアメリカが積極的に韓国に投資した結果というのがだ.
しかし既存の資料の中にはこのような観点と相反する視覚の物も存在する. 1976年コリアゲートスキャンダルによってアメリカ議会の小委で 1978年作成したいわゆる "フレーザー報告書"の内容がそうだ.
フレーザー見てからは経済関係を含んだ韓米関係に対して包括的に分析しているのに見てからは援助, 自問などを提供したこと以外に韓国の経済開発でアメリカが大きい役目をしなかったと分析している. 特に 70年代からの経済開発過程ではアメリカの自問もなかったし援助も些細だったと言う.
朴正煕時代の経済成長をただ一つの要因だけが牽引したと主張するのは無理だ. しかし迫近号教授の申し立てる観点がこれに対する論争をより豊かにさせることはできそうだ
漢江の奇蹟は親日派朴正煕も日本も無関係だというのが
アメリカプレ誌魚譜古書と日本大学教授の研究結論w
^^
http://www.huffingtonpost.kr/2017/03/29/story_n_15679470.html