平昌オリンピック保険問題(ぴょんちゃんおりんぴっくほけんもんだい)とは、2018年に韓国の平昌郡で開催が予定されている、ということになっている平昌オリンピックについて、いったい誰が保険をかけるのかという問題であると同時に、IOC(国際オリンピック委員会)が本当に平昌オリンピックを開催するかどうかを判断する格好の題材である。
近代オリンピックという世界的な大イベントには、様々な障害が存在する。それは、単純なスタジアム建設の遅れやスタッフの質の問題、さらには観客を受け入れる各種施設の整備状況といった短期間での対応が可能なものや、天候や政治情勢、さらにはテロの問題といった、簡単には対応できない要素が複雑に入り組むことで、単純なイベントの成否のほか、開催できるかどうかの安否まで問題視されるのがオリンピックやFIFAワールドカップといった世界的なスポーツイベントの裏の風景である。けれども、そういった各種イベントに関する難しい問題に対応するための改革がIOCを中心とした各種スポーツ団体で続けられており、特に21世紀に入ってからは、そういった世界的なイベントに保険をかけることが常識となっていることはあまり知られていない。
世界的イベントに対する保険のきっかけとなった出来事。それは、2001年9月11日に発生したアメリカ同時多発テロ事件である。世界がたった1日に激変した直後からアメリカは即座に軍事行動へと動き出しており、翌10月にはアメリカ軍によるアフガニスタン紛争への本格的な介入が行われると同時に、世界中に蔓延したテロの恐怖とアメリカの暴走の恐怖が、長く世界を苦しめることになる。けれども、そんな急展開する国際情勢の中でも粛々と、2002年2月に行われるソルトレイクシティオリンピックの準備は進められており、五輪関係者はもとより、アメリカのメンツを大事にする人々にとっても、このオリンピックを平穏無事に成功させることが大きな課題となる。と同時に、もし失敗したとしてもオリンピックというブランドにつく傷が最小限に済むよう、IOCおよびアメリカ政府が動くことで、それまでに無かったオリンピックに対する保険が成立することになる。これは興行中止保険(キャンセレーション保険)と呼ばれるもので、出資するスポンサーや無料および格安のサービスを提供する協力企業に対して、イベントの開催が不可能になった際の損害に対する保険として定められたもので、本来であれば政治問題やテロなどの要素を含めての保険契約は不可能だったものの、そういった要素を掛け金に含めた形で保険を新設する形でアメリカのオリンピック委員会および保険会社では対応を決断。およそ188億円もの大金を支払うことで、初めてとなる政治問題およびテロを含めた興行中止保険契約が結ばれることとなる。
その後、テロの脅威が蔓延する中で、こういった大規模イベントに対する保険は一般的なものとなっていき、掛け金や補填の際の取り決めといったシステムもまた随時整備されていくこととなる。さらに世界中がインターネットで結ばれ、情報が共有され即時性というものにとてつもない価値が出来あがっていく中、キャンセレーション保険の額も高騰。2004年のアテネオリンピックでは1億7000万ドルだった額が、2008年の北京オリンピックでは4億2000万ドルに跳ね上がり、さらに2012年のロンドンオリンピックでは13億4600万ドルと、日本円に換算して(1ドル=120円)1612億2000万円もの巨額の保険料がIOCから各種保険会社に対して支払われている。なお、こういった高額の保険の掛け金の原資として、主にオリンピックや各種イベントに関する放映権の料金があてがわれており、実際、ロンドンオリンピックやリオデジャネイロオリンピックは日本でもNHKを主体とした放送各社が共同で325億円もの巨額の資金を費やしてIOCから放映権を獲得している。
しかし、巨額の金が動くからこそ、巨額の保険がかけられるというごく当たり前の商業活動はしかし、2018年の平昌オリンピックについてだけは、特別なものとなる。むしろ、2015年5月現在、まったく動く気配すらないのは、普通であれば異常な話である。まぁ、異常であるからこそ動けないのが普通であるのだけれど。
一般的に知られている保険という制度を簡単に説明すると、偶然によって発生する事故によって発生する損失に対して、事前に多数の関係者から資金を得ておくことでそういった偶発的な損失を賄うというもので、近代的な保険業は14世紀に地中海を航行する船舶の遭難による損失を抑えるために始まったとされている。しかし、それはあくまでも天候や海賊といった予測できない事象が介在するためにもうけられた制度である。しかし、世の中には、すでに分かっている失敗、確実な落とし穴、てゆうか平昌オリンピックという予測できすぎる事象が存在している。そのため、どうすれば平昌オリンピックに保険をかけることができるか?という大きな疑問というか、解けない問題が発生する。
なお、当たり前の話ながら、オリンピックが開催される保証がないとそもそも放映権が発生しない上、当然、事前に掛ける保険料も出ない。さらにはIOCが組織として活動するための資金も不足し、世界各国のNOC(国内オリンピック委員会)の活動費も出なくなるという三重苦が待っている。そのため、これまた当たり前の話であるけれど、IOCとしては早め早めに各国のメディアに向けて次のオリンピックの放映権を販売し、巨額の利益を確定させてからゆっくりと保険などの諸問題に対応している。実際、2015年時点で、2016年のリオデジャネイロオリンピックの放映権はすでに販売完了しており、保険や協賛企業との契約についてもほぼ終了。後は無事に開催された後にゆっくりと金を数え決算を報告するのがいわゆる商業五輪としての慣わしである。
しかし。当然のことながら、このIOCによるオリンピックの放映権の販売は2016年まででストップしている。さらに、放映権料を当て込んだ保険についても当然のことながらストップしている。これは、平昌オリンピックについてまったく誰も保険を受けたがらない上、イベントが開催されるかどうかも不明な状況では、放映権の販売すら出来ないという大変な問題に直面しているためである。
これは、こういった興行中止保険の契約というものが、単純に保険会社とIOCだけで契約するものではなく、保険会社のほうがそういった超高額の保険を受ける際に保険の保険を掛けなければならない仕組みになっているためで、基本、数百億円もの巨額の資金が動く取引の際には必ず保険に対する保険が必須であるため、平昌オリンピックの放映権が果たして取引されるかどうか。これは相当に厳しい話となっている。
世の中には数多くの保険会社が存在しており、世界中で起こりうる様々な偶発的な損失について、そのリスクとその掛け金、そして偶発的な被害における補償額の支払いのパーセントの算出の計算、さらには顧客の獲得に必死になっている。しかし、そういった保険会社がいざ大規模事故などでとてつもない額の支払いを行わなければならなくなった際、保険会社が破産してしまうリスクもまた当然存在している。そのため、保険会社が入れる保険というものが必要となっており、そういった保険会社の保険を取り扱う存在がいるかいないかで、世の中の対応は違ってくる。
それこそが、イギリスの代表的な保険会社ロイズ保険組合である。浦沢直樹による漫画マスターキートンでも知られるこの会社は、保険会社に対する保険を取り扱っており、ようは、保険会社が破綻するような偶発的な事故に対する保険として、世界各国の保険会社を顧客としている。そのため、世界中の保険会社が破綻確実な保険契約を結んだ上、まるで詐欺のような大規模な支払いが発生すると、即座にロイズとその関係者が動くこととなり、その保険の契約は適切なものだったか、さらには、その支払いは信用できるものか。さらには、果たして偶然による損失であると言えるかどうかまでを徹底的にチェック。もちろん、少しでも引っかかったりしたら、その保険会社に対する保険の支払いを即座に停止。さらには、アホな保険をかけるアホ会社という当たり前の評価が世界中に伝達されることになっており、少なくとも、世界中の保険会社がまともな経済活動を続けていけるのは、いかざるをえないのは、ロイズの信用と実力、何よりもその判断力と調査能力が、保険という世界でとてつもないほど大きな影響を与えているためである。
けれど、世の中にはそんな常識的かつ恐ろしい会社に立ち向かう存在がいる。てゆうか韓国。
実際、2014年に発生したセウォル号沈没事故の際、韓国の保険会社が300人を越える犠牲者に対して保険を支払おうとしたところ、ロイズは即座に問題視。即座に保険に対する保険を支払わないことを通知。当たり前である。偶発的事象による損失に対する備えが保険の本質である以上、必然的な人災に関する保険の支払いをこばんで当然、支払えばバカ、そもそも、あんな会社のあんな船に保険をかけるほうがおかしいと一撃のもとに切って捨てるからこそのロイズである。その詳細はどこぞのウィキペディアに任せるとして、少なくとも、マトモな操船もマトモな積み荷の配置もせず、マトモな救難支援もマトモな人命救助も行われなかった上、さらにマトモな政権の対応もマトモな資産運用もマトモな捜査もマトモな原因究明も行われていない状況の中で、保険金だけ支払え、それも満額で。そして、大きな被害を受けたから後はロイズさんよろしく、というのはアホすぎる話である。無論、韓国の保険会社もそういった内実は十分理解しており、結果、被害者に対する保険金の支払いは会社が傾かない程度の少額で行われるということになる。
そして、そんな常識を持つロイズが刻々と迫るオリンピックの興行中止保険の保険の締結にどういった判断が下すのか。2018年に開催される平昌オリンピックの放映権の取引の際の保険も含め、にわかに注目を集めるのも当然である。
一般的に、保険というものはリスクが高くなればなるほど、保険料が高額になることで知られている。そのため、普通であれば過去に事故を起こした人や一度病気にかかって保険を利用した人、さらには飛行機事故を繰り返す航空会社や、海難事故を起こした会社などには他の人および他社よりも高額の掛け金が求められることとなる。これは、保険の歴史の中で、顧客の未来におけるリスクを金額で評価するシステムが整備された結果である。しかし、そういった顧客の基本的な条件として、信頼があり、なおかつ安全であり、保険料を滞りなく支払ってくれなければ、そもそも顧客として扱わない。そのため、ある程度のリスクは換算しても契約を続けるのが保険会社の営業というものであるのだけれど、世の中には、失敗する可能性が高いどころの騒ぎではない顧客、というか、保険会社の天敵のような存在がいることも確かである。
続く