李氏朝鮮では、「両班」という特権階級に居座った人たちが、庶民を過酷に支配し、苦しめました。
両班たちは自分の手で荷物を運ぶことすらせずに、ただ遊び惚けるか、権力闘争に明け暮れていたそうです。
当時の朝鮮を目にした人たちも、その惨状を生々しく書き残しています。
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イザベラ・バード『朝鮮紀行』より
朝鮮の災いのもとのひとつにこの両班つまり貴族という特権階級の存在があるからである。
(中略)
両班は自分ではなにも持たない。自分のキセルですらである。慣例上、この階級に属する者は旅行をするとき、
おおぜいのお供をかき集めれるだけかき集めて引き連れて行くことになっている。
本人は従僕に引かせた馬に乗るのであるが、伝統上、両班に求められるのは究極の無能さ加減である。
従者たちは近くの住民を脅して買っている鶏や卵を奪い、金を払わない。
—————————————–(こちらから転載)
フォーク『米国海軍将校フォークの日記』
これら以上に重要な観察は、朝鮮王朝の救いがたい腐敗ぶりであった。
彼は11月5日の日記に、国民を力ずくで征服することで政府は維持されていると書き、
11月13日の日記には「官吏らは民衆を絞り上げている」―この表現はあちこちに見受けられる―、
11月14日には「政府は一人の巨大な強盗と化している」と記した。とくに彼は、地方の特産物を王室と中央政府に供出させる貢物制度を通じて、政府がいかに収奪を働いており、また官吏は官吏で、
自分の私腹を肥やそうと貢物を巡って政府をどう騙しているかについても、詳細に記録した。
彼はこの制度こそ、自身がこれまで聞いてきたなかで「最悪」であると断定し、地方官庁の役人らは民衆の膏血を絞り取っている最悪の組織だと非難した。
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井上角五郎『漢城廼残夢』1895
1886年に、朝鮮の京畿道と南部3道の忠清道・全羅道・慶尚道を巡回した。
まず、民衆が極めてわずかな財産と所得に頼って貧しく暮らしていることを指摘し、
それでいて彼らは誰も怠惰な生活をしていると批判した。しかし著者によれば、
「両班は常民を虐待して衣食を得ており、常民はその残った衣食も両班に貪り取られるので、
仕事をする気も起こらなくて、怠惰になる」というのである。
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彼ら両班は、まともに働くことはおろか、自分で歩くことすらしなかったようです。例えば、こんな風に。
「李氏朝鮮の悪習」として、
◇大便をなめる。
◇指を詰めて、その血を親に飲ませる。
(指を煮込んで飲ませる場合も)
◇内腿の肉を削いで、親に食べさせる。
李氏朝鮮はおよそ500年間続いたのだが、信じられないことにその間社会的な進歩は全く見られずかえって退化している。
その前の高麗朝までは荷車があったのに李氏朝鮮では荷車がなくなってすべて人が荷物を背負って運んでいた。
(中略)
一般の朝鮮〜人は極端に貧しく貴族を除くとみな白いチョゴリを着ているが、これは染料が高価で貴族以外が染色することができなかったからだ。
500年間も何をしていたかと不思議に思えるがただ農民を搾取することだけでそれ以外は何もしてこなかった。



