100年余り前の半島を見た人の文章w
ソウルの町並みと悪臭
バードは本書の中で、1894年の訪問時のソウルに関して、道は牛がすれ違えないほど細く迷路のようであり、家から出た汚物によって悪臭が酷く、北京を見るまで「ソウルこそこの世で一番不潔な町」だとし、「紹興へ行くまではソウルの悪臭こそこの世で一番ひどいにおいだ」「都会であり首都であるにしては、そのお粗末さは実に形容しがたい」と記している[2]。また、人工の道や橋も少なく、「あっても夏には土埃が厚くて、冬にはぬかるみ、ならしてない場合はでこぼこの地面と、突き出た岩の上をわだちが通っている。道と言っても獣や人間の通行でどうやら識別可能な程度についた通路に過ぎない」と記している[3]。
また、ソウルには芸術品はまったくなく、古代の遺跡もわずかで、公園もなければ、まれな例外を除けば見るべきイベントも劇場もなく、旧跡も図書館も文献もなく、宗教におよそ無関心であったため寺院もなく、迷信が影響力をもつため墓地もない、と驚き、孔子廟と碑を除くと公認の寺院がひとつもなく、城内に僧侶が入ると死刑に処せられかねないため、清や日本ならどんなみすぼらしい町にでもある堂々とした宗教建築物の与える迫力がソウルにはないとしている[4]。他方、金剛山の長安寺では「天国にいるような心地の二日間」を過ごすことができたと賞賛している[5][6]。
貨幣・通貨の流通については、銀行が町にないと記しており、また日本の円がソウルと条約港で通用したことを記している[7]。