日帝時代(日韓併合期)はごく少数の人士のみが創始改名を拒否したのであり、多くの韓国人は自ら進んで神社参拝に出かけた。 (京郷新聞 1968年 10月 2日4版)

釜山中区にある釜山郵便局1階の郵便窓口に展示された思い出の映画資料展示を見に来た市民たちが、1929年と1950年代の映画ポスターなどを見ている。釜山郵便局は、来る9日まで収集家シンジョムシク氏が所蔵している国内外の映画ポスター、リーフレット、切手、はがきなど映画関連資料1400余点を展示している。

日帝時代に大人気だった「タッチ本」 様々な表紙で読書が大衆化した
(転載記事)
古書収集家とか国文学研究者たちが主として探し求めていた日帝時代の「タッチ本」がサイバー世界で読者と会えるようになった。ソウル大の中央図書館はホームページに「韓国のタッチ本サイバー展示会」を開く。

本の表紙が子供たちが遊ぶパチ(パッチン、めんこ)のように色とりどりだということで名前のついた「タッチ本」は、1920~1930年代に広く流行した出版物で「旧字体活字本」、「活字本」とも呼ばれた。日本の印刷技術導入とともに入ってきた鉛活字により大量に印刷された「タッチ本」は「洪吉童伝」とか「沈清伝」のような古典小説のみならず「秋月色」、「チャンハン夢」などの新小説も出版された。「タッチ本」は大抵4・6版の大きさでハングルで書き下ろされていた。市場で麺類一杯食べる値段、6銭で売られていたそうで6銭小説ともいわれた。
次回用メモ 18の上から2/3 ソウル大中央図書館~から