脱北者初の小選挙区出馬
2010年に死去したファン・ジャンヨプ元朝鮮労働党秘書は生前「北朝鮮亡命政府を立ち上げ、これを率いてほしい」という要請をしばしば受けた。ファン氏はそのたびに「亡命政府をつくれば、北を正式な国家として認めることにならないか」「大韓民国が北朝鮮民主化運動と統一の基地にならねばならない」と話した。脱北者たちが「では政治家になって北朝鮮の民主化を先導してほしい」と求めると「私は哲学をやる人間だ。いつか脱北者の中から大韓民国の国会議員が出てくるだろう」と答えたという。
脱北者初の国会議員は2012年に登場した。北朝鮮で金日成(キム・イルソン)大学教授だった趙明哲(チョ・ミョンチョル)氏が、セヌリ党の比例代表として当選し議員バッジを着けた。趙氏の後も「政治への夢」を抱いてきた脱北者は複数いた。比例ではなく小選挙区からの出馬も検討された。しかし現実の壁は高かった。ある脱北者は「小選挙区から出馬するには血縁、地縁、学閥のうち一つでもないと駄目だと思い知らされた」「政治的に根を下ろせる地域を見いだせなかった」と話していた。1953年の休戦後に韓国へやって来た脱北者は約3万3000人、その中で小選挙区から議員を目指す人物は一人もいなかったという。
太永浩(テ・ヨンホ)元駐英北朝鮮公使が昨日、保守系野党・自由韓国党の推薦を受け4月15日の国会議員選挙に選挙区からの出馬を宣言した。ソウル・江南地域が選挙区として有力視されているという。太氏は「(脱北者である)太永浩のような人間も、大韓民国国民が直接選ぶ地域の代表者として仕事ができるという事実を北朝鮮住民とエリートたちが確認した瞬間、われわれの願う統一が一気に近づくだろう」と述べた。実際にそうなるだろう。これまで金正恩(キム・ジョンウン)集団は「裏切り者(脱北者)たちは南朝鮮では3等国民」「下人扱いされている」と宣伝してきた。太氏が出馬したというニュースだけでも北朝鮮住民とエリートたちは動揺するはずだ。
太氏の亡命直後、北朝鮮は「特級犯罪者」「ただ飯食らい」と激しく非難した。金氏一家の「神聖さ」を破壊する太永浩氏の自叙伝が出版されると「人間のくずが最高尊厳をけなしている」として南北高官級会談の延期を一方的に通告した。故・金正日(キム・ジョンイル)総書記は「ファン・ジャンヨプ暗殺チーム」を派遣し、実際に金総書記の妻のおいに当たる李韓永(イ・ハンヨン)氏が銃で暗殺された。金正恩氏も叔父を高射砲で粉々にして殺害し、腹違いの兄を外国の空港で化学兵器で殺害した。
太氏がこのような危険を知らないはずがない。今ソウルには「金正恩称揚組」に加え「太永浩逮捕組」も堂々と活動している。それにもかかわらず、多くの有権者と握手しなければならない小選挙区で出馬するということは、並大抵の決断ではない。この勇気が結集し、太氏が自叙伝で書いたように「奴隷状態にある北朝鮮住民の解放」が実現することを願うばかりだ。