東京五輪「文在寅訪日」に暗雲、日韓関係改善最後の機会は霧散か
7/17(土) 11:01配信
JBpress
https://news.yahoo.co.jp/articles/604604cbf9fb275a83db6bf91fafed3bd95b3f04
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/66102
(武藤 正敏:元在韓国特命全権大使)
東京オリンピック開会式は、韓国の文在寅大統領が菅義偉総理と首脳会談を行う、唯一かつ最後のチャンスになるだろう。
菅総理は、6月に英コーンウォールで開催されたG7の場で文大統領と同席することになったが、そこでも短時間の会談でさえ行わなかった。オリンピック開会式出席に伴う首脳会談は、本来は成果を求めず、気軽に行える性格のものである。だからこそ文大統領が東京オリンピック開会式出席のための訪日を断念し、菅総理と気軽な首脳会談も実現しないとなった場合、今後の両者による首脳会談の可能性はほとんどなくなるであろう。それとともに、両首脳の下での日韓関係改善の可能性はほぼ消えるのではないだろうか。
■ 文大統領の訪日に否定的雰囲気
文在寅大統領は、東京五輪開催に合わせた訪日に強いこだわりを見せてきた。
韓国内では、G7での首脳会談が実現しなかったことから、「文大統領が訪日しても日韓関係の改善につながるような実質的な首脳脳会談とはならないのではないか」との懸念がくすぶっていたが、文大統領は訪日を断念しなかった。
しかし、こうした雰囲気が先週末を転機に急旋回したと日刊紙「韓国日報」が報じている。
7月11日、日本のメディアは、「文大統領が東京オリンピックの開会式出席のため訪日し、菅総理との首脳会談を行うだろう」と相次いで報じた。「文大統領来日」に対する日本側の反応としては、菅総理が8日に「(文大統領が)訪日される場合、外交上、丁寧に対応するのは当然のことと認識している」としつつも、韓国が大統領訪日の条件とする「首脳会談」については「韓国側の参席者がまだ決まっていない」として具体的な言及を避けてきた。
11日、日本のメディアの論調は、おおむね「日本は首脳会談に応じるだろう」としながらも、「韓国側が徴用工問題、慰安婦問題の解決策を示さないようなら、短い会談で対処する」というものだった。そうした見方を裏付けるような日本政府関係者の発言も併せて報じたメディアもあった。
「韓国日報」によれば、日本メディアから出ている「韓国が具体的解決方案を提示すべき」という主張に、文大統領は相当な不快感を示し、外交当局に明確に対応するよう注文したらしい。韓国政府は16日まで日本と実務協議を行った後、文大統領の訪日を最終的に決定するという。
■ 「訪日のための条件」を下げだした文大統領
では、文大統領は菅総理とどのようなテーマについて話し合おうとしているのか。
7月11日に「中央日報」の電話取材に応じた青瓦台の高位関係者は「青瓦台の最終的立場は日本と解決しなければならない3大懸案のうち、最低1つに対しては誠意ある議論が行われてこそ、文大統領の訪日を検討できるというもの」と、「日本側が最後まで前向き態度を見せない場合、文大統領の開会式不参加を宣言せざるを得ない」と述べたという。
青瓦台が提示した“3大懸案”とは、「慰安婦・徴用工問題」の歴史懸案、韓国側が日韓GSOMIA(包括的軍事情報協定)の破棄まで言い出した「戦略物資の輸出規制強化問題」、「福島第一原発処理水の排出問題」のことである。前出の青瓦台関係者は「どれも1回の首脳会談では解決されにくい事案ということを知っている」としつつも、「韓国の立場は、韓日首脳が緊急懸案について、少なくとも協議でも始めてこそ、未来を図ることができるということ」と記者に説明したそうだ。
これは大きく譲歩した態度だ。それまで青瓦台はメディアを通じて、「過去史などを『ワンショット』で解決する前向き首脳会談」を文大統領の訪日条件としてきた。さらに7日には朴洙賢(パク・スヒョン)国民疎通首席が「どうせ行くのだから韓日首脳会談が開かれれば良いと思う。『葛藤が解ける成果があれば』と思うのは、皆が望んでいること」と述べた。
それなのに、11日に電話取材に応じた青瓦台関係者は「3大懸案の一つでも」とハードルを思い切り下げ、しかも「意味のある結果」ではなく「協議の開始」も成果として受け入れることができると大きく譲歩している。
それだけ文大統領は今回の訪日、そして形式的でない首脳会談の実現に期待しているということだろう。だからこそ青瓦台関係者も「そろそろ日本政府が誠意のある回答を出すべき時点」と述べているのだろう。
では日本側はどう応えるべきなのだろうか。
歴史問題については、協議の開始のめども立っていないので妥協の余地はないだろう。妥協点を探るとすれば、戦略物資への輸出規制強化問題での協議開始、福島第一原発処理水の排出問題での情報提供の強化などになるかもしれない。
■ 訪日を諦めない文大統領、冷たい対応の日本
韓国側は日本側から「屈辱的」なコメントが発せられるたびに「不快だ」としながらも、文大統領の訪日については否定して来なかった。逆に、「首脳会談の成果が予想される場合には訪日を検討できるというこれまでの立場に変わりはない」、「最後まで開かれた姿勢で臨む」と前向きな姿勢を撮り続けた。
青瓦台からは、それは「韓日関係改善に対する文大統領の意志がとても強いため」だから、との見方が示されているという。
ある青瓦台の関係者は「文大統領が残り任期の間に最も力を入れている事案のうち核心は韓半島(朝鮮半島)問題という点に異見はない。ところが米バイデン政権が対中・対北朝鮮問題を解決するため韓米日同盟を強調し、日本との関係改善は最も緊急な事案のひとつに浮上した状況」という「朝鮮日報」にコメントしている。
だから、韓国側はしきりに「大統領訪日」のアドバルーンを上げるようになったわけだ。にもかかわらず、日本がつれない態度を取っていることに対し、韓国の世論も日本に対して反発を強めだしている。韓国国民の6割が大統領訪日に否定的との世論調査もあった。
そのような世論の風向きの中でも、韓国の外交関係者の間では「文大統領が訪日に反対する世論をなだめる名分さえ確保する場合、電撃的な訪日を決定することもできる」という見方もあった。
しかし実際には、青瓦台関係者の間でも意見は分かれていたようだ。
「外交・安保ライン関係者の中には一定部分無理をしてでも五輪を契機にした韓日関係改善が必要だとの意見が少なくない。これに対し韓国国内の政治状況などを重要視する側では新型コロナで社会的距離確保が4段階に引き上げられた状況をはじめ、日本に対し屈辱的に見えかねない構造、特に無理に強行して成果を出せなかった時に起きる逆風などを懸念する」
そうした分析もなされているのだ。特に韓国内で新型コロナ感染者が連日1600人を超えた過去最高水準にある中で、大統領が国内を離れることの難しさを指摘する向きもある。
■ 反対押し切って訪日し「15分の会談」では面目丸つぶれ
なにしろ当初の新型コロナ対応の成果は文政権“唯一の”業績とされているだけに、最近の感染の急拡大は文政権の気の緩みが原因であるとして政権への批判が高まりつつある。そうした時に無理に訪日を強行して、何の成果を出せない結果に終われば大統領に対する批判はさらに盛り上がりかねない――そんな懸念が政権内で高まっている。
青瓦台は日本との水面下の調整を通じて「少なくとも1時間の会談時間は確保しなければならない」という立場を伝達したとされている。ただし、日本の共同通信は11日、日本政府関係者の言葉を引用し、「菅総理は各国主要人物と会う日程を考慮し、1人当たり原則的に15分程度の会談を考慮するだろう」と報じた。
併せて「日本は歴史問題で譲歩してまで、文大統領が来たほうがよいとは考えていない」という外務省幹部の話まで伝えている。
韓国内の反対論を押し切ってまで訪日して、菅総理と15分程度の儀礼的な会談しかできないのであれば、文大統領の面目は丸つぶれになるだろう。
■ 文大統領訪日は会談時間がどれだけ確保できるかで決まるか
ただ、いずれにせよ日本側は歴史問題で韓国側に譲歩する考えはない。慰安婦問題にしろ、徴用工問題にしろ、解決済みの問題を再提起してきたのは韓国側である。この問題で日本側が譲歩することはありえない。
韓国側は「両国間協議の開始」という結果も実質的な成果と受け入れるという水準まで要求を下げてきたが、少なくともこの2つの問題に関しては協議して解決するものではなく、韓国側が自ら取り組むべき問題である。それが日本の立場だ。その原則を受け入れられないのであれば、歴史問題については日韓で合意することはできない。
戦略物資の輸出規制強化の問題も、これらの物資が北朝鮮に流れている可能性を韓国側が払しょくしない限り解決できない問題である。ただし、戦略物資の再輸出の現状、今後の取り扱いについては協議する余地はあるかもしれない。ただ、それはあくまでも規制強化を取り下げるための協議ではない。
福島第一原発の処理水の問題についてはIAEA、米国など意義を唱えていないので韓国側と協議してどうこうするという問題ではないが、さらなる情報提供や放出状況の検証に韓国の専門家が参加することについて協議することは可能かもしれない。
このように、韓国側が提起した「3大懸案」は、一部については協議開始の余地があるが、それ以外は日本側から譲歩する筋合いのものではないのである。
したがって、菅・文会談が実現し、日韓関係に何らかの前向きな動きがあるとすれば、日米韓の安保問題における連携で前進があることであろう。
日本としては歴史問題を棚上げし、韓国側がさらに日本への圧力をかけてくることは容認できないし、この状況で通貨スワップなどで韓国への協力姿勢を示すことはできない。しかし、米国との関係も考慮すれば、日米韓協力には前向きに取り組まざるを得ないだろう。今回首脳会談が行われ、日米韓協力について前向きな合意ができれば、その他の問題についても解決に向けた良い雰囲気が生まれる可能性は出てくる。
こうした状況で果たして文大統領は訪日できるのか。韓国側とすれば訪日のための最低限の口実が必要になる。そして良好く関係の現状を踏まえれば、それは「実質1時間」という会談時間の確保しかないのではないだろうか。各国の要人との会談が15分であっても、元首と閣僚クラスでは違いがあってもおかしくない。日本側としても文大統領に1時間を割くことは必ずしも不平等とは言えない。
■ 残りわずかな任期、全精力を傾けるのは「北朝鮮問題」
先にも触れたが、韓国の外交界では「文大統領が訪日に反対する世論をなだめる名分さえ確保する場合、電撃的な訪日を決定することもできる」との観測が支配的だという。おそらく、是が非でもこの機に日韓首脳会談を実現したいと考えている。
文政権の幹部は「五輪開幕直前に韓日米外交次官会合が行われ、これをもとに来月に3国の外交長官が韓半島(朝鮮半島)問題をはじめ主要懸案に対する議論を本格化する」としながら、「文大統領の訪日も米国が対中・対北政策の前提として要求している核心同盟の復元という脈絡で理解しなければならない」と述べた、という。
つまり、東京五輪開会式参加を好機ととらえて日韓首脳会談を何とか実現させ、そこから日米間の対話を本格化させ、対中・対北朝鮮政策で何らかの成果を上げていく――というプランなのだろう。
文大統領の任期は残りわずかになってきた。その中で文大統領は、最大の関心事である北朝鮮問題を少しでも前進させられるよう、全精力を掛けようとしている。今回の訪日も、その計画の中の一環ということだろう。
そう見てくると、文大統領がこれまでして熱望する訪日を日本側が断念させることになると、今後、文政権下での日韓関係改善は相当厳しくなる。そしてこの日韓首脳会談の実現の可否は単に日韓間だけの問題ではなく、日米間関係や、対中・対北朝鮮問題とも絡む問題ととらえたほうが良いだろう。
いずれにせよ、文在寅大統領の訪日は果たして実現するのか、目が離せない。
武藤 正敏
自分のケツは自分で拭いてくれ
日本にできることはないから。