ハンファ・イーグルスのファンとして生きるということ
勝つ日よりも負ける日の方が多く、失望と嘲弄(ちょうろう)に耐えること
生きるためにもがく「最下位」よ、お前を応援することで人生を学ぶ
韓国プロ野球のハンファ・イーグルスのファンとして生きるということは、勝つ日よりも負ける日の方がはるかに多いということを意味している。収穫の季節に手ぶらで家に帰るということだ。KBO(韓国プロ野球)リーグ所属の10チームのうち5チームが参戦する「秋の野球」に招待されない、という意味だ。「唐辛子部隊」(他のチームの足かせとなるの意)と呼ばれる、という意味だ。ロッカールームから荷物を取り出す準備をし、照明塔の電気を早く消さなければならないという意味だ。
43勝85敗2分け。9月19日現在、ハンファ・イーグルスの通算成績だ。勝率は3割3分6厘だ。一応言っておくが、打率ではなく勝率だ。3連戦のうち2試合で泣き、1試合でようやく笑うというわけだ。1勝2敗を「ルージング・シリーズ(losing series)」という。イーグルスはシーズン中、ルージング、ルージング、ルージングの行進曲を口ずさんできた。これほど負ければ、敗北という言葉に対して不感症にでもなりそうなものだが、とんでもない。毎回他のチームを悩ませる。だから腹が立つ。
勝率6割4分6厘を誇るSSGランダースのファンたちは到底実感できないだろう。2009年から21年まで最下位を実に7回。11年ぶりにポストシーズンに進出した2018年を除けば、イーグルスはずっと下流の人生を歩んできた。やがては陰地が陽地になり、陽地が陰地になるとは言うが、毎年底をはうシーズンに徹した。「野神」こと金星根(キム・ソングン)監督が、泣いてチームを離れたほどだ。選手育成も、先行きは不透明だ。
ハンファ・イーグルスのファンとして生きるということは、侮辱と冷遇に耐えるということを意味している。残りの9チームは、われわれのことをいつでも捕まえられる獲物だと思っている。「栄養を付けるためにチキンを食べよう」という嘲笑(ちょうしょう)が、まるで歌謡曲のサビであるかのように聞こえてくる。天も哀れむことを知らないのか、イーグルス(ワシ)は翼があるのに、なぜ飛べないニワトリへと転落してしまったのか。
何気なく「イーグルスのファンだ」と言えば、「えっ、何かあったんですか」と真顔で心配される。質問してくる人の本音は、「かわいそうに」「いちずなんだね」「それは興味深いね」のうち一つだ。なんだかスイングもせずに三振を取られたようで悔しいため、歯を食いしばって応酬する。実は故郷が忠清道で、幼い頃からホームチームだったと。1999年10月には優勝の喜びを抱かせてくれた最愛のチームだと。成績が振るわないからといって、年老いた最愛のチームを見捨て、他のチームに乗り換えるわけにはいかないじゃないか、と応戦するのだ。
KBOでハンファは、LG、ロッテ、起亜に負けるとも劣らないくらいファン層が厚い。見るに耐えない連敗行進中でも、応援の熱気は冷めやらない。大ヒット映画『神と共に』を手掛けたリアライズ・ピクチャーズのウォン・ドンヨン代表は、娘たちにイーグルスのDNAを相続したとして、次のように話す。「私が譲ってやった最高で最大の財産だ。『忍耐』と『怒りのコントロール』『見返りを求めない愛』といったことは、イーグルスのおかげで娘たちに教える必要がなかった」
失望が津波のように押し寄せても、イーグルスのファンたちは我慢して怒りを抑え込む。愛情を捨てない。だから別名「菩薩(ぼさつ)ファン」だ。侮辱と冷遇と嘲弄(ちょうろう)は、われわれにとって飯であり、おかずであり、そしてデザートだ。最下位なんか怖くない。株式市場では底の下に地下室まであると言うが、KBOにおける10位は後ろに誰もいないのだ。来シーズンはポストシーズン進出ではなく、9位を目標に戦おう。「たったの9位」ではなく「なんと9位」だ。
囲碁で生死が決まっていない状態を「未生」という。未生から出発して「完生」を夢見るのは、人もまた同じだ。生き残るためにもがきあえぐ「野球版の未生」が目を見張るとき、良い成果が生まれる。今年は、キム・インファンのように敗戦処理や落後者扱いを受けてきた育成選手が、挫折せずに努力を重ね、主力にまで成長する過程を目撃した。応援しながら、人生を学んだ瞬間だ。
ハンファ・イーグルスのファンとして生きるということは、晴れよりも曇りの方が多いという意味だ。今後は上昇することだけが、良くなることだけが残されているという意味だ。今年は負けたが来年は勝てる。失敗する覚悟で身を投じ、闘うイーグルスを応援する。大きく点差をつけられても、8回になればきっと叫ぶだろう。「最・強・ハン・ファ」と。「私は幸せです」と。