朝鮮太宗 11年(1411年) 日本国王の贈り物で朝鮮に初めて象が入って来たが, 官僚李優(李〓)が鼻どうし姿が醜いと冷やかしてから踏まれてたまらない事件が起ころう 賃金は象を流刑に処しなさいという御名を下げて全羅道で流刑を行くようになった事件がありました.
いくら 後鼻同士は容赦を受けて また帰って来たが 再び人を殺す事件が発生してグィヤングギルに上がるようになります.
次は朝鮮王朝実録に記録された関連内容です.
太宗 21冊 11年 2月 22日 (聖丑)日本国王(日本国王) 原義だ(源義持)が獅子(使者)を送って象を捧げたから, 鼻同士は我が国にかつてなかったのだ. 命じてこれを司僕寺(司僕寺)で育てるようにしたら, 日々に豆 4・5も(斗)ずつを消費した. 太宗 24冊 12年 12月 10日 (辛酉)
私は共助全書(工曹典書) 李優(李〓)が死んだ. 初めに日本国王(日本国王)が使臣を送ってスンサング(馴象 : 手懐けた象)を捧げるので 3軍部(三軍府)で育てるように命じた. 李優が奇妙なけだものと言って行って見て, その体たらくが醜さをあざ笑って打つことを吐いたが, 象が怒って踏んで殺した. 太宗 26冊 13年 11月 5日 (ジェントルマン)
象[象]を全羅道のしても(海島)に置くように命じた. 兵曹板書リュ・ジョンヒョン(柳廷顯)が真言(進言)した.
“日本国で捧げたところ, 手懐けた鼻同士はもう星霜の完戸(玩好)する品物もないです, また国に利益もないです. 二人にけがをさせたが, もし法で論じたら人を殺したことは殺すことで当然です. また一年に食べさせる体たらくは豆がほとんど数百席に至ったら, チォングコンデ, 住公(周公)が犀と象を追い出した考査(故事)を模範として全羅道のしても(海島)に置いてください.” (二人にけがをさせたという内容で見て 1年の間にまた一人にけがをするようにあるいは死亡するようにする事件をやらかしたが具体的な内容は言及されなかったです.) 太宗 27冊 14年 5月 3日 (乙亥)
手懐けた象[象]を陸地(陸地)で出しなさいと命じた. 全羅道観さつ使が報告するのを,
“手懐けた象をスンチョン部(順天府) 雄途(〓島)に放牧(放牧)するのに, 水草(水草)を食べなくてますます水尺(痩瘠)されて, 人を見れば涙を流します.” したら, 賃金が聞いて可愛想に思ったわけに陸地に出して初めのように育てるようにした. 世宗 11冊 3年 3月 14日 (病者)
忠清道観さつ使が係するのを,
“公州(公州)に象を飼う種が象に振られてたまらなかったです. それが国に有益なのがなくて, 食べさせる体たらくと豆が他のけだものより十倍もなって, 一日に米 2斗, 豆 1斗にやりとだから, 1年に消費する米が 48島であり, 豆が 24島です. 怒れば人をハッチだから, 利益がないのみならず, 返って年になったら, 海島の中ある牧場に出してください.” した. 先知(宣旨)するのを, “水と解釈良い所を選り分けてこれを出しておいて, 病んで死なないようにしなさい.” した. 日本国が引導で象を贈り物でもらったが
朝鮮との修交記念とかこれだからで船に乗せて釜山にドチァックシキンダウムソウルで
連れてガッドですってところで馬ですよ象が朝鮮官僚をズックインジェで流刑を行ったとハヨッドラです