竹島問題が発生した経緯と竹島に武装警官がいる理由。
1949年11月02日 SF条約、第5次下書き、竹島は韓国領土
1949年11月14日 シーボルト駐日政治顧問が国務次官補へ
「竹島の領土権を再考するように要求する」
1949年11月19日 国務次官補から国務長官へ意見書、
「竹島の領土権は日本にあると判断する」
1949年12月29日 SF条約、第6次下書き、竹島は日本領土になる
1951年07月19日 韓国側から竹島領土権に対する抗議
1951年08月10日 ラスクによる、アメリカ政府としての返答(ラスク書簡)
「竹島は過去に朝鮮の領土になったことはない、竹島は日本領土」
1951年09月08日 SF条約調印
1952年01月18日 李承晩、違法の領海を作り竹島を不法占拠(李承晩ライン)
1952年04月28日 SF条約発効
1952年11月5日 アメリカ政府から、韓国アメリカ大使館への書簡
「SCAPIN677で領土を決めたわけではない、竹島は日本領土」
1953年12月4日 韓国アメリカ大使館から韓国政府へ書簡
「竹島の領土権は、1951年8月10日にラスク書簡で通牒した通りである」