戒厳令が宣布されても「韓国すごい」「米国人や日本人より民度が高い」と誇る韓国人
鈴置高史 半島を読む 国際 韓国・北朝鮮 2024年12月12日
韓国メディアが民度の高さを自賛する。尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が宣布した戒厳令の下、市民が軍や警察に勇敢に立ち向かって解除させたから、というのだ。韓国観察者の鈴置高史氏はそんな報道に絶望的な劣等感を嗅ぎとる。
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■ 国会を壊す米国人、守る韓国人
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鈴置:12月3日の戒厳令騒ぎの少し後、中央日報に興味深い記事が載りました。「【グローバルアイ】韓国戒厳事態、米国1・6事態と異なる点…市民が国会を守った」(12月6日、日本語版)です。
「1・6事態」とは2021年1月6日、トランプ(Donald Trump)氏の大統領選落選は陰謀だとして米市民が連邦議会議事堂に乱入した事件を指します。筆者はキム・ヒョング・ワシントン総局長。最後の2段落を引用します。
・米国マスコミは政治的目的を成し遂げるために暴挙をあおることによって民主主義が危機に直面した事例という点で韓国の非常戒厳と1・6事態の同質性に着目している。
・しかし見逃してはいけない根本的な違いがある。1・6事態では民主主義の転覆を狙ったデモ隊が議会を攻撃対象とし、警察がこれを阻止した。反面、韓国では軍公権力が国会無力化を試み、市民が危険を顧みずに民意の殿堂を守った。
・東アジアで最も民主主義模範国家と言われていた韓国。突発的な非常戒厳は数十年間やっとの思いで積み上げてきた国家信任度を一瞬にして大きく揺さぶった。
・ただし、ホワイトハウスからは「今回のことは韓国民主主義が相変らず強固で回復力があるところを見せている」という評価も出ている。為政者が惑わした憲政秩序をまっすぐに立て起こしたのは今回も国民だった。
キム・ヒョング記者は「英雄的な市民が民主主義を救った韓国のほうが米国より上」と胸を張ったのです。
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■ 韓国の民主主義を仰ぎ見る日本人
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――国会前で軍や警察と衝突したのは「市民」だった?
鈴置:野党第1党「共に民主党」の呼びかけに応えて集まった人々です。左派の活動家ですから、多くが「プロ市民」だったと冷ややかに見る人もいます。いくら戒厳令に反対でも、警察や軍隊と揉み合う普通の市民は今日の韓国では少ない。12月3日の国会前でのぶつかり合いは政争の側面が濃い。
半面、12月7日に国会前に集まって弾劾訴追案の可決を求めた人の相当数は、普通の韓国人だったと思います。ここには銃を持った軍はいませんでした。
左派系紙ハンギョレのホン・ソクジェ東京特派員も国威発揚では負けません。「先が尖ったピラミッド」(12月5日、韓国語版)で「韓国の民主主義の底力を仰ぎ見る日本人」を報じました。
・日本では今回の非常戒厳事態の開始から終わりまでを「ダイナミックな韓国の政治ドラマのような結末」と見る傾向がある。実際、日本の一部のネットユーザーらはSNSに「今晩、民主主義に対する日本と(韓国の)覚悟の差を見た気がする。本当に映画のようだ」「日本に同様の状況が起きた時、このようにして抵抗できるか。手に汗を握る思いで見守った」などの反応を示した。
発信者も明らかではないSNSの言説を引用することで「韓国は尊敬されている」と母国の人々に報告したのです。
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■ 軍人も証拠に「韓国すごいぞ!」
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「韓国すごいぞ!」の証拠には市民だけでなく軍人も使われました。国会に突入した軍人が命令に反し、議員を追い出さなかったことを理由に「韓国民主主義の定着」を称える記事が登場しました。
筆者はソウル在住の元在日韓国人で、コリア・フォーカス編集長の徐台教(ソ・テギョ)氏。Yahoo!ニュース エキスパートに載せた「韓国軍や情報機関の‘抗命’、非常戒厳『迅速解除』に寄与か…浮かび上がる民主化の歴史」(12月6日、日本語)です。結論部分を引きます。
・それ[非常戒厳]がわずか150分(解除要求案の可決まで。完全解除までは6時間)で潰えた背景には、軍や情報機関の「国民を守る判断」が存在したことは明らかだ。
・その土台に韓国社会が民主主義を獲得する中で流れた市民の血の「記憶」や「記録」があるのではないか。それが軍内でも脈々と受け継がれてきたと考えるのは言い過ぎだろうか。
・私が韓国人だからと韓国をことさらに美化する訳ではない。国家の秩序を考える場合、抗命を簡単に考える訳にもいかないだろう。だが、今回の「抗命」には、今の韓国を形作ってきた民主化の歴史が息づいているように思えた。
「命令無視」が部分的にあったのは事実ですが、45年ぶりに戒厳令が宣布され、完全武装した軍部隊がガラスを破って国会の建物に突入したのです。「抗命」だけをもって「韓国民主主義の定着」を誇るのはバランスを欠いた記事と言われても仕方ないでしょう。
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■ 「アフリカ並みの後進国」
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――なぜ、「米国や日本より上」「韓国は進化した」という記事を韓国メディアは書くのでしょうか?
鈴置:戒厳令がショックだったかったからです。キム・ヨンス嶺南大教授は朝鮮日報への寄稿「【朝鮮コラム】帝王的大統領と87年体制の終焉」(12月11日、韓国語版)で「今回の事態で韓国民主主義の恥ずかしい素顔が露呈した」「大統領ひとりのむなしい賭博に『あっと言う間に軍部の反乱がのさばるアフリカ・南米の後進国』に転げ落ちた」と嘆きました。
「アフリカ並みの後進国」との表現は使わないまでも、ほぼすべての新聞がこのノリで書いています。韓国は1948年の建国以来、「先進国になる」のが夢でした。
2020年頃から韓国では「1人当たりGDPで日本を超えた」「民主主義の水準でも日本より高い」との言説が広がりました。世界も認める先進国になったと有頂天となったのです。それが突然、「アフリカ並み」に堕ちてしまったと、キム・ヨンス教授は以下のように書いてもいます。
・1945年、韓国は世界最貧の弱小国だった。今は国力で世界で6位、軍事力の順位は5位だ。解放79年で先進国を超えて強大国の隊列にのぼった。
・しかし、今回の事態で米フォーブス誌は「コリア・ディスカウントは正しく、日本の失われた30年の後を追う可能性が高い」と評価した。
今、韓国人が噛みしめる「恥ずかしさ」。それを癒すには「米国や日本よりも上だ」「韓国の民主主義は進化した」と言い合うしかないのです。もともと韓国人には自信が乏しかった。にわか仕立ての自信は剥げ易いのです。
敗戦で自信を失った日本人も、経済復興するうちに取り戻しましたが、韓国人ほど有頂天にならなかった。戦前から「世界の5大国」の一角を占めていましたので「元に戻った」に過ぎなかったからです。それに、いい気になって米国との戦争に突入し、墓穴を掘ったとの苦い共通認識もありました。
一方、韓国は千年以上にわたり、中国か日本の属国という地味な国でした。「強大国の隊列に加わった」だけで、周りが見えなくなってしまったのです。
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■ マルクスばりの闘争史観
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――では、韓国は今回の弾劾騒ぎを機に、本当の先進国に進化するのでしょうか?
鈴置:それは難しいと思います。現在、韓国で語られている議論はいずれも問題の本質を外しているからです。ほとんどの人が保守派の権威主義的な体質に戒厳令の原因を求めている。
背景にはマルクス主義者ばりの闘争史観があって、現代史を「権威主義的な保守勢力に進歩派が戦いを挑み民主化を進展してきた」との構図で見ている。
しかし、戒厳令の宣布を素直に見れば、尹錫悦大統領が憲法をいとも簡単に破ったという単純な行為に過ぎません。韓国が法治国家なら、どんなに権威主義的な大統領だろうと国会に兵を派遣して戒厳令の解除決議を邪魔しようなどと考えつかないでしょう。
法律を軽んじるのは左派も同じです。2020年、文在寅(ムン・ジェイン)政権は1年間で3回も検察への指揮権を発動しました。これだけでも大変なことですが、指揮権発動を批判する人がほとんど出なかったのです。
指揮権については『韓国民主政治の自壊』第2章第1節「三権分立の崩壊が生んだ尹錫悦大統領」で詳述しています。
今回の弾劾騒ぎに関しても「進歩派に政権交代すれば問題は解決する」あるいは「保守が権威主義から脱する必要がある」との意見ばかりで、法治水準の低さを指摘した論説は見たことがありません。
大統領の権限が強すぎるのが原因と主張する人もいます。先に引用したキム・ヨンス教授もその一人です。ただ、こうした論者も「法治の欠如」には言及しないのです。
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■ 緩い地盤の上に立つ民主主義
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――韓国はもともと民主国家ではないのですね。
鈴置:北朝鮮や中国と比べれば民主主義国家と言えるでしょうが、少なくとも日本や欧米のような民主主義国家ではありません。これらの国では「法治」の基盤の上に「言論の自由」や「公正な選挙」という民主主義の仕組みが働いている。
韓国は基盤が固まっていない。そこで何かあると、例えば左右対立が激化すると、民主主義の仕組みが簡単に揺らぐ。韓国人は「日本の民主主義の水準を超えた」と誇りますが、先進国の政治システムを上辺だけ真似したに過ぎません。
ちなみに、韓国の民主主義の後退を描いた『韓国消滅』第2章の見出しは「形だけの民主主義を誇る」です。システムの構造的な欠点に気づかない以上、それが修正されるはずがありません。
――なぜ、欠点に気づかないのでしょうか。
鈴置:李朝以来、法治を軽んじる儒教国家だったからです。そのうえ、最近の韓国人は「世界に冠たる民主主義を実現した」と信じ込んだ。戒厳令が出ても「韓国すごいぞ!」と叫ぶ人までいるのです。そんな人たちは我が身を鏡に映したりしません。
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■ そろそろ韓国の本質を見抜け
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――結局、韓国は西欧・日本型の民主国家にはならないのですね。
鈴置:なりません。しかし、隣の国が自分と同じようにならないからといって、馬鹿にすべきではないでしょう。隣の国の針路は隣の国の人々が決めることなのです。
ただ、隣国の本質だけは見抜いておく必要があります。日本人はこれだけ約束を破られているのですから、そろそろ韓国に対する認識を改めてもいいはずです。
――でも、多くの日本人が韓国は日本と同じと思っている……。
鈴置:日本のメディアが表面しか報じないからです。朝日新聞の12月5日の社説「韓国『非常戒厳』 民主主義 破壊する愚挙」を読んで驚きました。「民主的選挙による政権交代を繰り返し、成熟した民主主義国家となった」と韓国を評しています。
1年間に3回も指揮権を発動し、挙句の果ては戒厳令まで宣布する国を「成熟した民主主義国家」と見なすとは……。どこを見て書いているのか、首を傾げるほかありません。