尹大統領ついに「弾劾案可決」でこれから韓国で何が起こるのか、次期大統領候補と言われる李代表も実はピンチ
「わあー」。弾劾訴追案が可決されると、韓国の国会議事堂があるソウル・汝矣島一帯には歓喜する声が束となって鳴り響いた。その場で跳びはねて喜びを表す人や、K-POPを歌い始める人、「お疲れさまでした」という声も飛び交う中、傍らにいた大学生の女性(22)は友人らにこう話しかけていた。「今からが始まり。憲法裁判所で罷免の判決が出るまで声をあげないと」。
■弾劾訴追を可決へと決定づけたもの
12月3日の「非常戒厳令」宣布から12日、尹錫悦大統領への弾劾訴追案が14日可決された。韓国憲政史上、大統領として3人目の弾劾対象者となった。7日には一度否決された弾劾訴追を可決へと決定づけたのは12日、尹大統領が国民に向けて出した「談話」だった。
与党「国民の力」韓東勲代表が尹大統領は早期退陣に関心がないことを確認したという報道が流れたわずか後のことだった。29分間に及んだこの談話で、尹大統領は戒厳令を宣布した目的を、「国民に巨大野党の反国家的悪事を知らせ、これを止めるよう警告すること」であり、「戒厳令は大統領としての統治行為」と強弁した。
野党の反国家的行為として、「大統領選挙の結果に承服せず、就任後から178回に及ぶ(野党勢力主導による)退陣・弾劾デモを行った」「22回に及ぶ大統領が任命した長官(大臣)などへの弾劾乱発」「2025年度予算案を野党単独で減額予算処理し国政運営にストップをかけた」「2024年4月の総選挙での不正操作疑惑」などを挙げている。
宣布を決意したのは、最大野党「共に民主党」の李在明代表や、同党議員の疑惑を捜査中のソウル中央地裁検察庁長や監査院長を野党が弾劾しようとしたことで、「これ以上見守るだけではだめだと判断した」と話した。
確かに野党の攻勢は執拗だった。尹大統領の就任3カ月目から進歩系の市民団体は退陣、弾劾デモをほぼ毎週末続けてきた。国会では、任命された政公職者などを次々と弾劾で追い込み、2025年度の予算は韓国憲政史上初めて野党単独による4兆1000億ウォン(約4415億円)の減額処理となった。
こうした一方的な攻勢が可能だった背景には、”スーパー野党”の存在がある。今年4月に行われた総選挙では、野党6党合わせて300議席中192議席を獲得している。
■韓国人が談話でおかしいと思ったポイント
ただ、韓国の人々が談話に首をかしげたのは、「2024年4月の総選挙での不正操作疑惑」のくだりあたりからだ。尹大統領は戒厳令を宣布した後、戒厳軍を中央選挙管理委員会へと向かわせた。総選挙が不正操作されたと考え、データの複写が目的だったといわれている。
韓国の公共機関へ北朝鮮によるハッキングが発覚したことがあったが、関連性を疑っていたようだ。ただ、国家情報院がすでに調査済みで、ハッキングは発見されなかったことがわかっている。
「野党の攻勢は度を超してはいましたが、そもそも野党に議席を許したのは、尹大統領の失政でした」と中道系紙記者は言う。ブランドバッグ受け取りなど夫人のリスク管理の怠慢、大学、高校の学閥人事、英断とされた医療改革も強引に推し進めることしかできなかった政治力の不在などを挙げて、こう続けた。
「中道だった尹大統領は政治基盤がないがために支持率を上げようと保守のように振る舞いました。そのうちに中道保守からの支持を失って、極右の主張に傾倒してしまった。戒厳令で野党を抑えこもうという発想はこうした極右の主張からくるものだったのでしょう」
14日夕刻、弾劾訴追議決書を受け、憲法裁判所は罷免の是非を判断する手続きに入った。審理は6カ月以内とされるが、盧武鉉元大統領は63日、朴槿恵元大統領は91日だった前例から考えると、判決は3月か4月になることが予想される。憲法裁判所の9人の裁判官のうち6人以上が弾劾訴追と判断すれば罷免となる。
憲法裁判所で罷免が認容されれば、60日以内に大統領選挙を行うことが定められており、5月か6月の大統領選挙が見通されるが、韓国政界は早くも次期大統領選の様相だ。
次期大統領候補としてもっとも有力とされるのは、共に民主党の李代表だ。同氏は尹大統領が弾劾訴追となった15日、さっそく国会で記者会見を開き、国政の安定化のために「国会と政府が共に国政安全協議体を構想する」ことを訴えた。その風情はまるで大統領で、スーパー野党が行政を主導するという意味にもとれる発言に与党「国民の力」はこれを即座に拒否している。
李代表は戒厳令宣布以降、外国メディアの取材を積極的に受けていたが、「英語が堪能な人材をかき集めて外国メディアに向けて英語のプレスリリースを作成していました。さながら大統領選挙のキャンプのようだと囁かれました」(国会関係者)。
■李代表が大統領になると日韓関係は…
李代表が次期大統領になれば日韓関係は相当厳しいものになる。野党は、第一次弾劾訴追案にはその事由として尹大統領の偏った外交を挙げ、こう指摘した。
「いわゆる価値外交という名のもと地政学的バランスを無視したまま、北朝鮮や中国、ロシアを敵視し、日本中心の奇異な外交政策を主張し、日本に傾倒した人物を政府の要職に任命するなどの政策を展開することで、北東アジアで孤立を招き、戦争の危機を触発し、国家安全保障と国民保護の義務を放棄してきた」。
前出の記者は言う。
「李在明代表が大統領になればまず尹大統領が行った外交を否定することから始まるでしょう」
具体的には、徴用工問題における韓国政府が進めた第三者弁済や佐渡金山のユネスコ世界遺産認定について、文在寅政権が慰安婦合意に対して行った検証委員会などを設置することが考えられるという。ただし、日本との関係において変数となるのは、アメリカのトランプ大統領の動向だとも言う。
「北朝鮮と何らかの交渉を持つことにこだわるであろうアメリカ政権により韓日関係の悪化が牽制される可能性もあります」
15日、李代表は憲法裁判所へ1日も早い判断も訴えたが、与・野党からは「次は李代表の番だろう」という声が続々と上がっている。李代表は、城南市長時代の土地開発をめぐる汚職疑惑などで現在12個の嫌疑により5つの裁判を抱えており、11月に行われた2つの裁判のうち公職選挙法違反の罪に問われた一審では懲役1年執行猶予2年の実刑となった。
韓国では、100万ウォン(約11万円)以上の罰金刑が確定すれば被選挙権が剥奪される。韓国には一審6カ月、二審3カ月、終審3カ月の「6・3・3の原則」があり、これにのっとれば、4月までに終審を終わらせるべきとする見方も広がりつつある。
終審までいかなくとも、2月か3月には二審の判決が出る可能性が高い。仮に二審で一審同様、実刑判決がでれば世論の風向きは変わるのではないかと見られ、李代表には大統領選挙を1日も早く行いたい思惑がある。
「はたして犯罪者に大統領職を任せられるのかという反動が起こる可能性は十分にある。そうなれば、野党内部で”李おろし”が始まり、他の候補者が続々と頭をもたげてくる」(前出記者)
■李代表の他に候補として挙がるのは?
候補者として挙がるのは、文在寅政権で国務総理を務めた金富謙氏や、金東兗京畿道知事、そして文前大統領の側近といわれた金慶洙元慶尚南道などだ。金前知事は、戒厳令宣布の翌日、留学先のドイツから急遽帰国しており、大統領選挙をにらんでの帰国だと囁かれた。
一方、弾劾訴追に賛成という離脱票が流れた与党はまだ混乱状態だ。世論調査で李代表の対抗馬とされた国民の力の韓東勲代表は16日辞意を表明しており、名前が挙がるのは、呉世勲ソウル市長や洪準杓大邱市長らだ。
急展開が続く韓国政界だが、「弾劾訴追まであまりにも短く、もっと論議を重ねるべきではなかったか」や「大統領の任期を1期5年から2期4年にすべきではないか」という声も聞かれる。
まずは、李在明「共に民主党」代表の二審判決の行方はどうなるか。