和歌山が変な名前の高校と甲子園で戦ったw
その名前はエナジックスポーツ高等学院w
2回戦 3/25 9:00〜
エナジックスポーツ(沖縄)4-9 智弁和歌山
「中学校を回っても、学校に入れてもらえないことも…」センバツで話題沸騰 沖縄・エナジックスポーツ高“創部3年で甲子園出場”までの波乱万丈

2回戦で智弁和歌山には敗れたものの、4安打2盗塁と大当たりだった1番・イーマン琉海を中心にノーサイン野球の威力を見せたエナジックスポーツ photograph by JIJI PRESS
連日、熱戦がつづく春のセンバツ甲子園。今大会、大きな注目を集めたのが、初出場の沖縄・エナジックスポーツ高等学院だ。ただでさえ目を引くカタカナの校名に加えて、69歳の指揮官のベンチでの独特の装いや、「ノーサイン野球」も注目を集めた。そんな“ナゾの初出場チーム”が大舞台にいたるまでの道のりとはどんなものだったのか。また、甲子園に残したものはなんだったのだろうか。《全2回の2回目/最初から読む》 【写真】「これでどうやって野球を…?」創部4年で甲子園に出場…エナジックスポーツ高等学院の“長方形”グラウンド&高校の目の前には…海まで。現地写真で見る
「選手をリストアップして中学校を回っても…」
「知り合いの伝手をたどっていい選手をリストアップして中学校を回っても、学校に入れてもらえないことがあったりね。辛かったですけど、そういうなかで粘り強くチームをスタートさせようと頑張って集まってくれたのが、1期生の15人だったんです」 そう振り返るのは、センバツで注目を集めた沖縄・エナジックスポーツ高を率いた69歳の監督・神谷嘉宗だ。 この創成期の選手が3年となった昨年夏、エナジックスポーツは沖縄大会で準優勝と結果を残し、一躍、知名度を上げた。 校名に「スポーツ」が付くようにトップアスリートの育成を掲げ、野球やゴルフでは専攻もある――。このような校風も相まって、「スポーツの専門学校のようだ」といった意見もあるが、神谷はそういった否定的な声も朗らかに受け止めている。 「なんでこんなに注目が集まるのかな? と思っているだけですよ。取り上げてくれるマスコミが多くて嬉しいです」 高校のカラーが旧来に比べて特殊であるだけで、神谷の指導方針は時流から大きくかけ離れているわけではない。むしろ、現代の高校生と近い距離にいると言っていい。
代名詞となった「ノーサイン野球」
代表例を挙げれば、エナジックスポーツの代名詞ともいえるノーサイン野球だ。 盗塁やバントなどの戦術の遂行に際し、監督がサインを出さずに選手の判断に委ねる。これを採用していることについて、神谷は「もともと、私が選手の自主性を大事にしていることもあるんですけどね」としながら、このように想いを語る。 「選手にはそれぞれ個性がありますから。自分たちで野球を観察して、力を磨いていかないと。そこがブレてしまったら試合で何もできなくなってしまいますからね」 選手目線で、おおらかに見守る。 69歳の監督が率いるチームは、公約通り3年で甲子園出場を果たした。そして、全国の舞台で初勝利を挙げたことで、新たな「沖縄の力」も証明できたはずだ。 エナジックスポーツとともにセンバツに出場した沖縄尚学の監督である比嘉公也は、「沖縄全体がレベルアップしているかどうかはわかりませんけど」と冷静な知見を示しながら、このような意見を述べていた。 「能力の高い子が県外に出てしまうなか、残った子たちがしっかり練習して力を伸ばしてくれているのはありますよね。沖縄で進路の選択肢が増えるのはいいことだとは思います」 エナジックスポーツの選手たちは、それこそ「地元に残る」という選択肢で甲子園という正解を体現した。
「沖縄の選手だけで甲子園を目指したい」
キャプテンの砂川誠吾が力を込めて言う。 「自分も『沖縄の選手だけで甲子園を目指したい』と、スカウトされたとしても県外に行くつもりはなくて、この学校に入りました。沖縄は甲子園優勝から遠ざかっているので、そこを目指せるようなチームが増えていけばいいなって思っています」 興南の春夏連覇に熱狂した2010年から15年。エナジックスポーツという新興勢力が誕生した沖縄は今、変革期にあるのかもしれない。 神谷が同調するように結ぶ。 「沖縄の子たちが『県内だけでも戦える』と残ってくれれば嬉しいですよね。素直で、野球が好きで、一生懸命に頑張っていれば道は拓けるものですから」 69歳が甲子園で咲かせた新境地。 沖縄の高校野球に、再び青春が訪れようとしている。