THE NEW KOREA「第2章 朝鮮の描写と歴史」「鉄道」

鉄道建設は、ソウルと仁川の間の約25マイル(約40キロメートル)の路線だった。この路線の敷設権は1898年、朝鮮政府によりアメリカ人に保証されていた。しかし、路線の建設は、日本の会社が買い取り、そのまま完成させて、1902年に開通させた。
次に建設すべき路線はソウルと釜山との間の路線だった。路線建設と運営の免許は1898年に日本の財閥に与えられ、1901年に建設が始まり、1904年に完成し、1905年1月1日に開業した。全長268マイル(431キロメートル)だった。
その後、1905年には636マイル(1023キロメートル)まで延長され、全鉄道路線を買い取り、政府の規制と管理下に置いた。1901年には朝鮮には鉄道が全く無かったが、1925年には2092キロメートルまで開通して、年間1750万人(当時の朝鮮の全人口に相当)の乗客を乗せる迄に成った。
「総督府年報1941」
1939年には4089キロメートルの営業距離になっている。
総路線長:1939年で4089キロメートル
累計投資額:8億6千万円余り(現在価値約17兆2000億円)
停車場数:599駅
従業員総数:42,436人(内朝鮮人18,000余人)
運運賃:3等0.0155(310)円/キロメートル、2等0.028(560)円/キロメートル、1等0.044(880)円/キロメートル。(括弧内は現在価値に換算した運賃)
運輸成績:1910年比で、旅客人員29.5倍、収入30.0倍、貨物トン数17.6倍、貨物収入25倍。
京釜線(京釜本線と3支線を含む4線):638.1キロメートル
京義線(京義本線と6支線を含む7線):610.3キロメートル
湖南線(湖南本線と1支線を含む2線):285.8キロメートル
咸鏡線(咸鏡本線と5支線を含む6線):554.5キロメートル
京慶線(2線):179.0キロメートル
平元線(2線):153.9キロメートル
満浦線(満浦本線と2支線を含む3線):336.8キロメートル
慶金南部線:110.1キロメートル
鎮海線: 20.6キロメートル
恵山線:141.7キロメートル
白茂線:136.8キロメートル
委託管理線(3線):329.2キロメートル