李朝時代のソ¥ウルを探検した、日本人の記述です。
これは、1885年の日本で販売されたものであり、このような文献を日本では簡単に閲覧できます。
情報統制の韓国とは違うのですよw
「朝鮮京城奇談」 小尾直蔵編輯 東京報告堂 明治十¥八年二月
明治18年 = 1885年
市街の中央に10間四方程の釣鐘堂あり。その釣鐘は、高さ一丈五尺直径九尺ほどにして、これを打って各大門の開閉を人民に報せし以って通行の許否を示す。
京城(ソ¥ウル)中、最も広き街道は、鐘路と唱えて都の中央なる釣鐘堂の近邊にあり。その幅、およそ二十¥四・五間にして、諸物品の問屋を多くここにあり。但し、問屋は日本の商店の如く店頭に品物を陳列せざる由り。如く何なる商店なるやは、一目にして辯知する能¥はざれども、日本の宿引の如き者各店より街道に出張して客を轢き居れり。
總て市街には、家々より糞尿を所々に流出したるを以って、その臭気、実に鼻を窮し。
始めて京城(ソ¥ウル)に入る外国人は、これに驚かざる者殆ど稀なる。殊に、雨天の時は糞尿は泥水と混合し、歩行の際、踏み止めて左右を顧みるにしばしばあり