戦争で発生する民間人犠牲は原因と性格によって明確に区分しなければならない. 例えばベトナム戦では軍服を着しない戦闘員と民間人を区別しにくい戦闘状況で民間人被害が発生した. これはベトナム側がジュネーブ協約を充分に守らなくて発生した偶発的事件だった. 同じく, 日本軍の玉れ作戦では民間人と軍人が一緒に戦闘に投入されて, 敵軍と民間人を区別しにくくなった. この過程でアメリカ側は全滅作戦など民間人被害を甘受しなければならない戦略を考慮するしかなかった.
イスラエル-パレスチナ紛争でもハマスが民間人と戦闘員を区分しないで活動することで, 軍事作戦の中で民間人被害が発生する構造的問題が現われる. このような事例たちは皆戦争状況で発生することができる 不可避な民間人被害に属する.
一方, 日本軍がほしいままにした南京大虐殺, フィリピン・マレーシア等地の民間人虐殺は 計画的で組織的な犯罪だった. これは戦争遂行の不可避性と無関係に意図的に民間人を対象にした行為で, 国際法と道徳的基準ではっきりと犯罪に規定される.
したがって韓国燎忠園参拜と日本靖国神社参拜を同一線上で比べることは論理的間違いだ. 燎忠園参拜は自国軍人と民間人の犠牲を称える合法的・倫理的行為である一方, 靖国参拜は戦犯を含んだ計画的民間人虐殺者を神格化する行為だ. 戦争状況で発生することができる偶発的被害と, 計画的虐殺を同一視する論理は事実と国際法的基準に基盤して見ても正当化されることができない.