
東広島市に泊まり、早朝6時前にホテルを出た。
山陽道は使わず、国道2号線で宮島を目指す。写真は西広島バイパス。

宮島口の大駐車場に車を止める。朝の7時半だったので、まだ車は多くなかった。
フェリーは往復340円。10分くらいで宮島に到着する。

宮島側の乗り場「宮島浅橋」の出口。まだ午前8時前。

外に出れば、鹿に出くわす。
宮島の鹿は、奈良公園の鹿より小型である。奈良公園と違い、ここでは餌やりは禁止。

宮島浅橋から海岸沿いを歩く。表参道の商店街はまだ時間が早いので、皆この海岸沿いを
歩いて「厳島神社」を目指した。
やがて大鳥居の前まで来る。まだまだ満潮状態。

干潮時は、大鳥居の側まで行ける。
大鳥居の高さは16.6m、重さは60t。現在のものは8代目、1875年の完成で、重要文化財。

瀬戸内海は満潮、干潮時の潮位差が大きく、波は穏やかである。
そして宮島(厳島)は、瀬戸内海の島々の中でも、海抜530mの弥山を筆頭に山々が高く聳え、深緑色の木々が広大に生い茂る。
まさに神秘的な雰囲気が十分の島であり、厳島神社の立地にも最適だったと考えられよう。

「平清盛・坐像」、鎌倉時代の作品で重要文化財
平清盛は平安時代末期の武将で、武士で初めて太政大臣まで上り詰めた男。
厳島神社の創建は593年と伝えられるが、現在のような規模に発展したのは、1168年頃の平清盛の造営からである。
平清盛は、平家一族の守護神を厳島に求め、一族の繁栄を神社の造営に込めていた。
1168年当時の報告によると、神社は内宮・外宮に分かれ、両方とも「宝殿・拝殿・舞殿」を備え、それらが2組づつ備わっていたという。
これは現在、内宮が厳島神社本殿と客神社に当たり、外宮が対岸にある「地御前神社」に相当する。

対岸にある「地御前神社」、かつての外宮に相当する。
ただし、清盛造営の社殿は2度の火災で失われ、1241年に再建される。この1241年の再建が、現在の社殿の基礎を成す。
その後、1571年には、毛利元就が本殿社殿の周辺の修築を行うなど、色々な増改築が行われ、現在に至る。
さて、神社は北東側から入り、南西側に抜けていく。
入口近くにある建物が「客(Maroudo)神社」である。
拝観料金300円を支払い、中に入った。