日帝に対するアジア各国の評価
許文襲(台湾実業家)
「台湾の今日の経済発展は、日本時代のインフラ整備と教育の賜物です。当時、搾取に専念したオランダやイギリスの植民地と違い、日本のそれは良心的な植民地だったのです。」「戦前の日本の台湾統治に対し謝罪する必要などありません。戦後の日本政府は深い絆を持ちながら世界で一番の親日国家である台湾を見捨てました。謝罪すべきはむしろ戦後の日本の外交姿勢です。」
(蔡焜燦『台湾人と日本精神』)
ククリット・プラモード(タイ国元首相)
日本のおかげでアジアの諸国はすべて独立した。日本というお母さんは難産して母体をそこなったが、産まれた子供はすくすくと育っている。今日、東南アジアの諸国民が米英と対等に話ができるのは、いったい誰のおかげであるのか。それは身を殺して仁をなした日本というお母さんがあったためである。十二月八日は、我々にこの重大な思想を示してくれたお母さんが一身を賭して重大決意をされた日である。我々はこの日を忘れてはならない。」(サイアム・ラット紙、12月8日)
[編集]ガザリー・シャフェー(マレーシア元外相、アセアン創設によりハマーシェルド賞受賞)
「日本の某代議士の「過ぐる大戦において、わが国は貴国に対しご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」という挨拶に対して、「どうしてそういう挨拶をなさるのですか。あの大戦で日本はよくやったではないですか。マレー人と同じ小さな躰の日本人が、大きなイギリス人を追い払ったではありませんか。その結果、マレーシアは独立できたのです。大東亜戦争なくしては、マレーシア人もシンガポールも、その他の東南アジア諸国の独立も考えられないんですよ」
(1988年7月19日・於赤坂プリンスホテル、名越二荒之助『世界から見た大東亜戦争』展転社)
バ・モウ(ビルマ元首相、独立宣言より)
ビルマ人はアジアを結合せしめアジアを救う指導者を待望しつつありしが遂にこれを大日本帝国に発見せり。・・・ビルマ人はこのビルマに対する最大の貢献に対する日本への感謝を永久に記録せんことを希望するものなり・・・」(日下公人『一問に百答』PHP研究所)
シンガポール ゴー・チョクトン 首相
「日本軍の占領は残酷なものであった。しかし日本軍の緒戦の勝利により欧米のアジア支配は粉砕され、アジア人は自分たちも欧米人に負けないという自信を持った。日本の敗戦後15年以内にアジアの植民地は全て解放された。」(「諸君!」1993年7月号)
大韓教科書 高等学校用『国史』(下)、1988年版(教科書)
こうして軍需工場が建てられ、鉱山が開発されたが、これは日本の戦争目的を遂行するためのものであり、これらは韓半島での収奪を助け、植民地経済への隷属性が増大しただけであった。大陸侵略に狂奔した日帝はアメリカとイギリスに対抗し、第二次世界対戦の主要挑発者となった。日帝は戦争遂行のため総動員令をくだし、韓国での人的および物的収奪を強化するとともに、民族抹殺政策を強行した。
(越田稜『アジアの教科書に書かれた日本の戦争(東アジア編)』106-107頁)
北朝鮮1989年版(教科書)
アジア制覇の野望を達成しようと早くから画策していた日本帝国主義は、ドイツによりヨーロッパで戦争がひき起こされると、より活発に動き出した。
日本帝国主義は、中日戦争も終わらないうちに他の戦争に突入し、アジアの盟主になろうとする野望を実現しようとした。
(越田稜『アジアの教科書に書かれた日本の戦争(東アジア編)』130-131頁)
なぜ朝鮮人だけ他国と反対の事を言うのか?
朝鮮人は嘘吐きで、被害妄想民族だという証拠だろう・・・