
- 新 羅 神 社 本 殿 - <長者山新羅神社>
新羅(しんら)神社は、市中心街から南へ徒歩で7~8分のところにある
小高い森の山頂に鎮座しています。
創建は、延宝六年(1678)に八戸藩二代藩主の南部直政(なおまさ)が、
藩主の守護、領内の五穀豊穣(ごこくほうじょう)・万民安穏(ばんみんあんおん)、
無病息災(むびょうそくさい)の祈願所として社を建て、三社堂(さんしゃどう)又は
虚空蔵堂(こくぞうどう)と称されたのが新羅神社のはじまりとされています。
その後、明治の神仏分離令により三社堂は新羅神社となり
長者山新羅神社と呼ばれています。現在の社殿は、文政九年(1826)から
同十年にかけて建立されたもので、本殿は入母屋造りで向背柱廻りや正面扉などに
華麗な彩色模様が施されています。本殿・拝殿とも細部の彫刻などに
江戸時代の特徴が良く表現されていることから、平成三年に県重宝に指定されました。
新羅神社は、長者山の名で地域住民から親しまれ、二月には八戸地方に春を呼ぶ
「えんぶり」の奉納舞、八月に行われる「八戸三社大祭」では、
お通り(一日)に内丸のオガミ神社から神輿渡御(みこしとぎょ)が行われ、
中日(二日)には県無形民俗文化財に指定されている「騎馬打毬(きばだきゅう)」も
開催されます。
県重宝:新羅神社本殿 -拝殿-
境内の石碑

県重宝:新羅神社本殿 -彩色文様-
新羅はもとはシンラと呼ばれ、倭人系シンラ人の国だった。
シンラ人と名乗るなりすましが現れ、シンラ(新羅)は任那に改名。
新羅は、なりすましシンラ人(のちの朝鮮人)の国となった。
そのため新羅(シンラ)神社の名は、神道系の遺跡として遺されているのではないか。