精兵与えた教授, アメリカで捜し出して日本に対立する心強い資料
アメリカが 2次世界大戦終戦後対日(対日)講和條約下書きを準備しながら独島を韓国領土に銘記した指導が 12日公開された.
アメリカ国務省が 1949年 11月 2日付けで作成して東京のマッカーサー連合国最高司令官に送った指導は韓国・日本・台湾の領土を表示しながら独島を韓国領土の中に銘記した. この指導は精兵与えた梨花女大教授(韓国現代史)が去る 2008年アメリカバージニア州ノーフォークのマッカーサーアーカイブで捜し出して今週発刊された著書 ¥"独島 1947¥"(ドルベゲ)に収録した.
▲ 米国務省が 1949年 11月 2日付けで作成してマッカーサー連合国最高司令官と国防省に送ったのも. 独島を韓国領土で表示した. 中と下は独島を拡大した写真. 鬱陵島の下点を囲んだ卵円形点線で独島を表示した.この指導とともに送付された ¥"対日強化条約下書き¥"の領土条項 6条は ¥"日本は韓国本土及び近海のすべての島々に対する権利・権原をあきらめて, ここには済州島, 巨文島, 鬱陵島, リアングクルアム(独島) 及び東京 124度 15分経度線の東まで, 北緯 33度緯度船の北まで…含まれる¥"と言って独島が韓国領土に属すると明白に明らかにしている. 本当に教授はまた独島を韓国領土で表示しているまた他のアメリカ政府指導が 1947年 10月 14日国務省政策企画団が敗戦国日本の領土を定めるために作成したという事実を明かした. この指導は今まで 1949‾1950年頃作られたことに推定された.
精兵与えた教授は 独島を韓国領でグリーン米国務省の 1949年指導はカイロ・ポツダム宣言によって事実上日本の領土を決める権利を持っていたアメリカがこれを具体化した最終作品と言いながらしかしアメリカが日本を同盟国で育てるために 1951年サンフランシスコ講和條約で日本の領土を定めなくて独島領土紛争の糸口を提供したと言った. 独島学会会長シン・ヨンハ漢陽大碩座教授は 1949年米国務省指導は学界に知られなかった新しい資料で今後の日本との独島領有権論争で心強い根拠になると言った.