前スレ

このやけどは本文とは一切関係ないイメージで
で、図們の街をぶらついていたのだが、◯◯タバン(茶房)に入ってみた。
南朝鮮のタバンは2種類あって、一つは喫茶店みたいなもので、インスタントコッピが出てくる。
冬場になれば、ストーブで沸かしておいた麦茶でコッピをわりよる。
日本の喫茶店と違うのは、運びのお嬢さんレジアガシ(おばはんもおる)にコッピをおごってやると
話し相手になってくれるのである。もう一つのチケットタバンと呼ぶのは他の事をする。うん。
店に入ると、4人の大学生の子ぉがおりそうなおばはんたちがオソオセヨ~(いらっしゃいませ)と orz
酒も置いていて、簡単な料理も作るようだった。南朝鮮とは違う。
ひとりのおばちゃんを対面に座らせて、話をする。当然、南朝鮮から来たと思われている。
疑問に思っている事を聞いた。朝鮮族からの立場では、川を渡った国を朝鮮、その南部の国を南朝鮮と
呼ぶのが自然ではないのか?と 延吉の街では“韓国”があふれていたからである。
92年の支那・南朝鮮国交回復後、多くの朝鮮族が南朝鮮へ出稼ぎへ行きだしてから
“韓国”となった。おっしゃるとおり、それ以前は南朝鮮と言ってたと
92年以前には朝鮮族と北の人間は気楽に橋を渡って行ったり来たりしていたと
で、初対面の朝鮮族同士が会えば、最初は支那語で話をするそうだ。朝鮮族と判明すると
朝鮮語に変わるとな。完璧なバイリンガルやねえ。
ここ図們は昔は小さな街であったが、北朝鮮が対岸を“市”にしてから、支那政府が“市”に昇格させたという。
つまり、支那も体面を守らなあかなんだちゅうこっちゃね。
で、打ち解けたのかどうか、支那政府はなんでも隠すと言う。それが何なのかは聞かなかった。
まずいインスタントコッピを飲んで、おばちゃんの分も払って10元
続く。