俺は今まで、ゲームとやらを、あまりやったことがない。
つうか、世間にテレビゲームが登場したときに
ゲームセンターでインベーダーゲームを数回やったのと、
あとゼビウスとハイパーオリンピックを数回やった。
それから、nintendoのファミコンが出たあたりに、
将棋とオセロ、シムシティ、電車でGOを数回やったとか、
あとはヤフーでオセロとマージャンを数回やった程度だ。
俺の今までの人生で、ゲーム経験はこの程度。
nintendo DSもWiiも持ってない。
もちろんプレステなんぞまったく知らない。
つうか、でも、この程度のゲーム経験でも、
ゲームをやってよかったと思えることがたった一つだけある。
それは、ゲームなんぞ、所詮、攻略法が見つかれば、
簡単に出来てしまうということがわかった、ということだ。
この達観は実に有意義だと思う。
ゲームに限らず、すべての「攻略すべき対象」あるいは「すべての存在」は、
攻略法が見つかれば難なく攻略出来てしまうということだ。
だから、逆に言えば、何か悩みがある、とか、
最近、何が何だかよくわからないことがある、とか
そういうときは、
「攻略すべき対象」が分ってないか、あるいは、
「攻略法」が分ってないか、どちらかだろう、ということだ。
そして「攻略すべき対象」を分るための「攻略法」というものもあったりw、
あるいは、「攻略法」を体得するための「攻略法」ってのもあるわけでw
ま、「攻略すべき対象」自体は特定できていることが多いので、
「攻略すべき対象」がわからない、ということは少ないのだが、
「攻略法」もわからないのに、ひたすら何事かをやり続けても、
所詮、骨折り損のくたびれ儲けにしかならない、ということだ。
これがわかっただけでも、ゲームをやった意義は充分にあったし、
ゲームなんて所詮この程度のもんだと分ったことで、
つまらん遊びにハマらずに済んだのだと理解している。