1905年2月22日は島根県が竹島を編入した年ですが、100年後の2005年に「竹島の日」を制定したことに韓国が猛抗議しているのは皆さんご存知の通りだと思います。竹島や欝陵島は無人島で現在の島根県や鳥取県の漁民の方たちがアザラシ漁の基地などとして実効支配してきた場所ですから自然な成り行きだと思いますが、韓国ではこの年(1905年)は日本の保護国となり、外交権を奪われた屈辱の年だから無効だ!!反対だ!!というほとんど感情的な理由としか思えない抗議をしてます。(竹島が日本の領土だという明確な説明はコチラを見てください。)そもそも日本は大韓帝国の外交権なんて奪ってません。日本の保護国となる以前、大韓帝国政府はロシア公使館の中にあり、ロシアに事大してたのです。ポーツマス条約を見てください。ロシアから朝鮮の優越権を委譲されただけです。それに竹島編入は2月22日であり、大韓帝国を保護国としたのは同年10月です。時系列からおかしいです。韓国(北朝鮮)が朝鮮半島を太古より独立国であり李氏朝鮮時代を「東洋の理想国」だったと歴史を捏造する限り、このような齟齬はこの先も絶対解決しないでしょう。
今でもノムヒョンは中国・ロシアにつこうか、日本・アメリカにつこうか優柔不断な動きを見せてますね。歴史は繰り返すということでしょうか?
宗主国がロシアから日本になってから・・・
伊藤博文と朝鮮 編
日露戦争後、朝鮮は日本の保護国となった。
初代統監伊藤博文は朝鮮に以下のような改革をすすめた。
【朝鮮近代化の父】伊藤博文
司法制度の整備
朝鮮総督府
平壌控訴院地方区裁判所
大邱地方法院
金融制度の整備
朝鮮銀行
拓殖銀行大田支店

第一銀行釜山支店
産業開発
京城通信管理局
朝鮮窒素肥料・日本マグネシウム・朝鮮鉱業などの工場が次々に進出した。
水豊ダム 当時出力世界二位のダムで、朝鮮及び満州の電力をまかなった。
教育振興
京城高等尋常小学校
京城帝国大学予科
大田幼稚園
羅南公立高等女学校
伊藤博文は朝鮮を近代化させた後
独立させるつもりでいた。
朝鮮併合には反対だった。
朝鮮併合 反対派朝鮮併合 賛成派 初代朝鮮統監 伊藤博文
第二代朝鮮統監 曽祢荒助
(日露戦争時の大蔵大臣)
山県有朋
寺内正毅陸軍大臣
伊藤ら反対派の主張「朝鮮併合後の維持には日本の国力を超えた莫大な金が掛かる」
伊藤博文・山県有朋・陸奥宗光の朝鮮半島に対するそれぞれのスタンス
しかしそのころ、朝鮮では・・・・・・・