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日本が幕末の動乱に揺れる時代、遠く海を渡って日本からフランスにもたらされた「薩摩焼」の繊細優美な美しさは、ジャポニズムの流行とともに多くのフランスの人々の心をとらえることになりました。パリ万博に初出品されてから140年、今年再び薩摩焼がフランスに里帰りします。
今回は、薩摩焼とフランス陶磁器の深い関係とセーヴル陶磁器美術館で開催される里帰り展のご紹介、そして9月12日に開催されたサロン講座「セーヴル焼とフランスにおける陶磁器の歴史」のレポートをお届けします。
とくに桃山時代の1592~98(文禄1~慶長3)年に豊臣秀吉が行った朝鮮出兵(文禄・慶長の役)に参加した領主島津義弘は、朝鮮から多くの陶工を連れ帰り、以降、鹿児島城下をはじめ各地に開かれた窯では、おもに茶の湯のための白薩摩や日用雑記として作られた黒薩摩などが盛んに生産されるようになりました。 そして1867年、対外貿易によって莫大な富を蓄えた薩摩藩は、幕府とは別に日本の一地域として、国際的博覧会であるパリ万国博覧会に参加。藩主のみに使用が許されていたといわれる、白土を使った白薩摩は、フランスの人々の注目と称賛を集めることになります。白地に赤や青、緑、金彩が施された豪華でいて繊細な薩摩焼は、熱狂的に支持され、その後薩摩の陶工たちは色絵金彩をふんだんにあしらった装飾性豊かな作品を量産し始めます。西洋人の好みにあわせて花瓶や香炉を制作、茶碗の内側は花鳥や虫獣文様で覆われることになりました。
©Andreas Licht
展示会は終了していますし、フランスで行われたので、もう見ることはできません。
何が言いたいかと言いますと、文化の交流とはこういうことなのです。
起源を主張するのとは違います。