文化侵略のパイオニア、「テコンドー」
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ソウル大学卒、キム・ワンソプ氏の告発著書
---引用開始---
テコンドー、空手道?
韓国の国技、テコンドー。韓国人はこれを長い歴史をもつ、民族固有の伝統武術だと考えている。 実はテコンドーは、空手道の名前を変えただけのものである。
一九六〇年代初め、クーデターにより政権を掌握し、十八年間韓国を鉄拳統治してきた独裁者、朴正煕は、日本では親日派として知られている。彼は絶対権力を掌握していたにもかかわらず、親日路線では韓国で政権を維持することはできないことをよく知っていた。 そのため、朴正煕はホンネは親日、タテマエは反日という、はっきりしない態度をとらざるをえなかったのである。
彼は執権後、日本風文化清算という旗印のもと、大々的な反日キャンペーンを展開した。このとき多くの日本用語が、 国籍不明の変な用語に変わった。武術界もこの風は避けられなかった。
終戦後、この過程で空手道や唐手道と呼ばれていた武術に、テコンドーという名前をつけてしまったのである。 名前はどうであれ、テコンドーも元来、空手道を継承したものであり、正統空手道(そういうものがあるならば)とテコンドーの差はたぶん、 正統空手道と極真空手道の差よりも小さいと思われる。テコンドーが空手道に似た武術であることは、武芸をかじった人なら簡単に納得がいくため、最近、韓国でもこの間題で論争がよく起こる。
民族自尊と反日に関する限り、妥協を知らない韓国人だが、良心が残っている人も時折いる。そのうえ、 テコンドーに名前を奪われた真の伝統武術「テッキョン」が「国技」の地位を狙っているのだ。 テコンドーの正体をめぐるこのような論争は、主にインターネットを通じて活発に展開されている。
--(中略、空手が中国から沖縄へ伝えられた経緯)--
沖縄で発展した唐手道は、一九二〇年代に船越義珍(ぎちん)という人物によって日本本土に普及されはじめた。
そして船越は、唐手の名を空手道という名前に変えた。今風に言えば、マーケティングのために日本人の情緒に訴えるうまいブランド名を創案したのである。
空手の「空」はたぶん般若心経の中核思想である「色即是空 空即是色」からとったのだろう。「手」は「唐手」から、 そして「道」は柔道や合気道、武士道で用いる「道」を採用したと思われるが、全体的に非常に意味深長で哲学的な感じを与える名前になった。 つまり、素手で道を磨く武術という感じを与える、よい名前である。成功した「ブランド名」といえよう。
こうして誕生した空手道は、戦後も柔道の影に隠れて目立たなかったが、朝鮮出 身の日本人、大山倍達が現れ大衆化に成功した。現在、極真空手道はテコンドーとと もに最も代表¥的な空手道流派の一つであり、全世界に約一千万人の修練生がい る。大山倍達の韓国名は崔永宜(チェヨンウィ)である。子供のころ、日本に渡って 空手を習い、自ら当代の達人となった。韓国では「崔倍達(ペダル)」で知られてい るが、このような人は存在しない。高羽栄(コウヨン)という韓国の漫画家がつけた 名前なのである。
高羽栄は一九七五年、『新しい少年』という韓国の漫画誌に、大山倍達を主人公に した「大野望」という漫画を連載しはじめた。 私もそのころ「大野望」の熱烈な愛読者であったため、今でもたくさんのシーンを覚えている。
例えば、少年・崔永宜が日本から来た達人と対戦して勝てないと、絶壁から体を投じるシーンや、達人になってから米国に行き、 闘牛と素手で対決してその角を折ってしまうシーンなどは、長い年月が経った今でも記憶に生々しい。 その漫画を読んだせいで、最近まで私は崔永宜をテコンドーの達人だと思っていた。高羽栄は自分の漫画の中で、 大山倍達の武術が空手であることを必死で隠そうとしたのだろう。日本人に帰化したという事実も必死で隠したため、私を始めとする韓国の読者は自然に、 彼がテコンドーで空手を打ち破った自慢の韓国人だと思うようになったのである。
事実、大山倍達だけでなく力道山に関しても、戦後の韓国では似た歪曲がよく行われた。日本人になってしまった朝鮮‐人は裏切り者だと考えられたからだろうか。 今日の在日朝鮮‐人社会でも、それと似たような認識が色濃く残っているという。
ところで、朝鮮総督府時代には韓国でも空手道が活発に普及して多くの道場ができ、実力のある弟子を輩出するようになった。 しかし、一九四五年になって日本が敗戦し、すべての日本人が本国に追い帰されてしまうと、空手道場は自然に韓国人の弟子たちに継承された。 この当時、韓国の空手道界には六つの大きな道場があった。ユンピョンインの演武館(ヨンムグァン)、ノビョンジクの松武館(ソンムグァン)、 黄埼(ファンギ)の武徳館(ムドックァン)、李元国(イウォングク)の青涛館(ジョンドグァン)、李南石(イナムソク)の章武館(チャンムグァン)、 李鍾佑(イジュンウ)の智道館(チドグァン)である。この六大道場の館長たちは、一九五〇年の朝鮮戦争の渦中に、臨時首都である釜山で 大韓空手道協会(テハンコンスドヒョップェ)を発足させることになる。この大韓空手道協会がさまざまな紆余曲折を経た末、十九六五年になって大韓テコ ンド協会に変身する。 なぜ空手道がテコンドーに変わったのだろうか。
テコンドー命名のあきれた経緯
空手道または唐手道と呼ばれていたこの武芸にテコンドーという名前をつけた人は、当時、軍人であり空手道の達人であった将軍・チェホンヒである。 韓国の初代大統領だった李承晩(イスンマン)は、長い間、独立運動をしていた非常に反日的な人であった。そのため、空手道という名前を非常に嫌った。
当時、唐手道・吾道館(オドグァン)という道場を運営していたチェホンヒは、一九五四年に自分の部下である将兵たちに空手道を訓練させ、李承晩に見せた。これを見た李承晩は「おお、これがテッキョンか」と満足そうだったという。李承晩が空手道をテッキョンであると誤解すると、チェホンヒはこれにヒントを得て、空手道にテコンドーという名前をつけてしまった。彼は李承晩の後援で一九五九年に大韓テコンドー協会を創設し、その会長に就任した。
つまり、李承晩を始めとする韓国の政治家たちの反日性向のために、日本の武術・空手道に韓国の伝統武術・テッキョンの名前をつけた、国籍不明の武術が誕生したのである。
では、テッキョンとはなにか。
--(中略、テッキョンを韓国の伝統武術として解説。ただ、前記のように異説もある。)--
テコンドー協会の迷走
十¥九五九年にチェホンヒが作ったテコンドー協会は順調にいくかのように思えたが、六大道場の館長たちは空手道、唐手道をテコンドーと称することに 強く反対した。 一九六〇年に李承晩が学生革命で追い出され、翌年、朴正煕がクーデターを起こし、政権を掌握することになった。 当時、チェホンヒは陸軍少将であったが、朴正煕とは仲がよくなかった。このような事実を知った六大道場の館長たちは、 チェホンヒを追い出して空手道協会という名前を復活させようとしたのである。
十¥九六一年にチェホンヒがマレーシア大使となり韓国を離れることになると、このすきに六大道場の館長たちは大韓テコンドー協会を大韓テスド協会に改称する。 テコンドーと空手道から一字ずつとった折衷案であったと考えられる。しかし、チェホンヒは帰国すると、一九六五年、名前を再び大韓テコンドー協会に改称し、 翌年には九ケ国代表¥が参加するなか、国際テコンドー連盟(ITF)を創設する。 このような無理な組織運営に対して、六大館長たちは再び強力に反発し、チェホンヒは一九六六年に大韓テコンドー協会から追い出されてしまった。 しかし、テコンドーの名前を足台手道や唐手道に変更するのには失敗した。一九七一年に金雲龍が協会会長に就任すると、 テコンドーという名前は取り返しのつかない大勢に固まってしまった。
以後、このあきれた名称に反発した唐手道武徳館の黄埼(ファンギ)は海外に進出し、世界唐手道協会を結成した。 韓国から追い出されたチェホンヒは一九七〇年、自分のITFを率いてカナダに亡命し、国際テコンドー連盟の総裁としてテコンドーを普及することになる。 このように、一九二〇年代に日本を通じて伝播された韓国唐手道は、現在、世界テコンドー協会WTF、国際テコンドー連盟ITF、世界唐手道協会などに分裂して、 それぞれ違う名前で普及発展してきたのである。これらがすべて唐手道であることは疑う余地はない。
--(中略、テコンドーを空手へ統合する必要性を説く)--
テコンドーが空手に統合される必要性は、テコンドー内部でも発生している。現在、テコンドーは、その競技を観覧する人は誰でも感じるだろうが、 手と足をバランスよく使う武芸というよりは、まるで足蹴り試合のように変質してしまった。達人の競技になればなるほど、足を使う頻度が九〇パーセントを 超える。そのため武道家たちは、実戦では手と足をバランスよく使う極真空手道と戦ったら相手にならないだろうという。 つまり、今日のテコンドーはキックボクシングと似たものに変質し、どんどん人気が落ちてきているのである。テコンドーが再び空手に名前を変え、 その元来の正統性を回復できれば、足蹴り試合という汚名を返上できるかもしれない。
このすべての原因は、空手道には門外漢である金雲龍がテコンドーをスポーツとして普及させたことにある。金雲龍は韓国の国会議員を務め、 IOC副会長として国際スポーツ界で莫大な影響力を振るってきたが、ソ¥ルトレーク冬季オリンピックなどのスキャンダルや国内での汚職疑惑などで非難されている、非常に腐敗した人物である。
テコンドーの歴史捏造が露見するまで http://www.geocities.jp/bxninjin2004/data_room/taekwondo/readphp.htm