朝鮮人の将軍の名前が翻訳されないとは予想出来なかった^^;

朝鮮人の皆様が大好きな「李舜臣」。
朝鮮人が信じている李舜臣の死に方は、
「大敗した日本軍を追撃中に流れ弾に当って死んだ。」ですよね?
悲しいお知らせです。
この戦死の裏づけになる資料などこの世には存在しません。
さて史料にはどのように書いてあるのか。
『乱中雑録』
賊兵殊死血戦、勢不能支、乃退入観音浦
砲賊伏於船尾、向舜臣斉発、舜臣中丸、不省人事
日本軍と戦闘になった後、朝鮮水軍は主戦場であった海峡口から見て南西の観音浦(海戦前に朝鮮水軍が潜んでいた湾)へと一時後退しており、また李舜臣は日本船の船尾に伏せた兵の一斉射撃により撃ち倒されたと記されている。
『明史』
他舟誤擲火器入子龍舟、舟中火、賊乘之、子龍戰死。舜臣赴救、亦死
「トウ子龍の救援に赴き、死亡した。」とのみ記されている。
(トウ子龍 ・・・ トウは登に「こざとへん」)
『征韓録』(日本の文献)
「小船で先出してきたトウ子龍が従卒200余兵とともに討ち取られるのを救援に進出してきたところを、和兵に囲まれ船を乗っ取られた」とのみ記し、死に至る詳細については残されていない。
残念だけど、朝鮮人の信じている「李舜臣」の最後はどの史料にも載っていないのです。
朝鮮人にとって「李舜臣」は抗日のシンボル。
その戦死を勝利の途中の不慮の事故にしたかったのでしょうね。
そろそろ勇気を出して、真実に触れてみたらどうだろうか?