
石川県沖で小舟で漂っているところを保護された脱北者9人は、朝鮮人民軍
管理下で漁業に従事する家族だった。北朝鮮で漁業従事者は、闇市場を通じ
て現金収入を得られる比較的裕福な人々。その彼らが決死の脱北をしたのは
なぜか。背景には、軍内部で起きているある深刻な変化が浮かぶ。(桜井紀
雄)
軍所属の漁師?
「私は朝鮮人民軍に所属し働いていた漁師です」
北朝鮮北部の漁大津(オデジン)から来たという9人のうち、責任者を名乗る
男性は海上保安庁にこう説明した。
軍と漁師。かけ離れた存在のようだが、脱北者の支援団体「北朝鮮難民救援
基金」の加藤博理事長は「北朝鮮で漁業は軍が管理し、漁業従事者が軍所属でおかしくない」と説明する。
漁師らは軍傘下の企業に漁獲量に応じて上納金を納める仕組みとなってい
る。船の個人所有は認められず、小舟まで登録番号で管理。9人が乗った船も
「9103…」と船体に番号が示されていた。北朝鮮の日本海岸では、9人が乗っ
ていたような小舟でイカの一本釣りをする。
政府関係者は脱北者を「タコ漁師」と説明した。しかし、北朝鮮の内部情報を
伝える雑誌「リムジンガン」編集長、石丸次郎氏によると、韓国語でタコを表す
「ナクチ」は北朝鮮でスルメイカを意味し、「イカ漁師」を誤訳したようだ。
平成19年6月に青森県で保護された脱北者4人も漁大津に近い清津(チョン
ジン)から逃れたイカ漁師一家。いずれも厳しい管理下で船を調達できる限られ
た人々だった。
苛烈なノルマ
朝鮮人民軍にとって、スルメイカは海外に輸出できる数少ない外貨獲得源
だ。海産物を含む輸入禁止など、18年に日本がとった経済制裁が直撃したが、中国への輸出があり、軍の重要な収入源であり続けた。
国内でも海産物は貴重なタンパク源として、高値で取引される。漁師側も漁獲
量を全て報告せず、一部を闇市場に流し、現金を蓄えてきた。「北朝鮮で内陸
部の住民より漁師は豊かとされた」(加藤理事長)
それでも脱北を決めた一家。脱北者男性は入国管理局に「軍に納める金額
が高く、年々生活が苦しくなってきた」と理由を語った。
石丸氏は「経済難から軍に対し、独立採算で自活しろという圧力が強まり、上
納のノルマが上がっている」と説明する。
加藤理事長によると、中国に約200ある軍や党の貿易窓口の担当者に最
近、「1人、5万元(約60万円)を上納しろ」との指示が出された。経済難の北朝
鮮では非常に大きな額で、末端の漁師の上納額が跳ね上がる結果を生んだ。
中国船の脅威
さらに漁師を追い詰めたのが、中国の大規模なイカ釣り漁船の出現だ。北朝
鮮の軍側が、金を納めた中国船に領海内での操業を認めるようになったから
だ。
北朝鮮事情に詳しい李英和(リヨンファ)関西大教授は「軍は漁師の上納金と
二重の収入になるが、集魚灯もない小舟が太刀打ちできるわけがない」と指
摘。「軍幹部による海産物の横流しなど、軍内部に横行する不正腐敗が、漁師
の困窮に拍車を掛けている」とも話す。
追い詰められ、高まる脱北の誘惑。しかし、日本海岸は軍港もあり、有刺鉄線
が張り巡らされている。漁師らは出漁ごとに警備兵のチェックを受けるため、船
での脱北は不可能に近い。
今回の脱北劇について加藤理事長は「船と燃料を用意する上、警備をかいく
ぐり、天候というチャンスに恵まれなければならない。生死を賭けた脱北には、
相当な覚悟と能力が必要だったはずだ」と語った。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110917/crm11091700180000-n1.htm
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