基本的に、去年の5月下旬に行った投稿の再掲です。
今月の(5月の)前半、前日に我が家に泊まった彼女と、横浜に、遊びに行って来た時の物です。
この前日(以下、この日と書きます)は、自宅(我が家)に持ち込んだ仕事と、職場(事務所)に顔を出しての仕事の併用と言った感じでした。
ちなみに、我が家(東京都心部の西部の静かで落ち着いた住宅地に位置します)の最寄りの、通勤電車・地下鉄駅と、(東京都心部の)私の職場(事務所)の最寄り駅は、地下鉄で4駅(運賃は、初乗り運賃(168円(約1,680won))、我が家の玄関から職場(事務所)の玄関まで(通勤時間は)、30分位です。
以下、参考の投稿。
職場近くの銀杏並木他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3453904/page/1?&sfl=membername&stx=nnemon2
ちなみに、この日は、車で、出勤しました(事務所に出ました)。
この日は、夜遅い時間に、職場(事務所)から、我が家に帰って来た後、少し、自宅(我が家)に持ち込んだ仕事をし、この日の仕事を終えた後、彼女を、車で、我が家の隣の区の彼女の一人暮らしのマンションに迎えに行きました(この日の、夕食は、各自、済ませていました)。
この日は、彼女は、我が家に泊まり、この翌日(以下、この日と書きます)は、彼女と、横浜に遊びに出掛けました。
ちなみに、彼女と、遅めの時間に、我が家で食べた、この日の朝食は、普段の朝食(パン、シリアル(cereal)、野菜サラダ(salad)、3種類程の果物、牛乳、ジュース(juice)、ヨーグルト(yoghurt)))と同じ内容でした。
この日は、電車で、横浜に遊びに出掛けました。
参考に、以下、「」内。私の前の投稿文より。。。
「横浜は、東京areaの海の玄関口(gateway)となっている大きな港町です。私は、横浜は、仕事の用事でも、よく訪れますが(横浜は、仕事の用事で、よく訪れる場所の一つです)、横浜の港町の雰囲気が好きで、休日にも、よく遊びに行きます。」
この日は、まず、薔薇の花の時期の、山下(yamashita)公園を訪れ、薔薇の花を見ながら、山下(yamashita)公園を散歩しました。
山下(yamashita)公園は、関東大震災(下の補足説明を参照)の復興事業の一つとして、1930年に開園した、横浜の都心部の、旧市街地の海沿いにある、小規模な公園です。
関東大震災:1923年に東京areaを襲った巨大地震。東京圏(特に、東京中心部、東京圏西部、東京圏南部(横浜も属する、神奈川(kanagawa)県)が、非常に大きな被害を受けた)。

写真は、借り物。1930年の開園当時の、山下(yamashita)公園。

写真は、借り物。1935年に、山下(yamashita)公園で開催された、復興記念横浜大博覧会。
写真以下。山下(yamashita)公園を散歩。この時、丁度、山下(yamashita)公園の薔薇の花は、見頃の最盛期の初めの頃と言った感じでした。ちなみに、薔薇は、横浜市の花(国花の地方自治体版のような物)に指定されています。
向こうに見えるtowerは、横浜マリンタワー(marine
tower)。横浜マリンタワー(marine
tower)は、横浜の都心部の海沿いに建つ、1961年に完成した、高さ106mの塔です。横浜を象徴する建物の一つとなっています。神戸(kobe)のポートタワー(port
tower)と共に、1950年代から1960年代初めにかけての、日本の大都市における、高層タワー(tower)建設ブーム(boom)の末期に建てられたタワー(tower)です。かつては、灯台としての機能を持っていて、ギネスブック(Guiness
book)に、世界一の高さの灯台として記載されていました。
写真以下3枚。向こうに見えるtowerは、横浜マリンタワー(marine tower)。
写真以下2枚。向こうに見える建物は、hotel
new grandの建物です。hotel new
grandは、1927年に開業した、横浜の都心部の旧市街の海沿いに建つ高級ホテルで、横浜を代表する、歴史のある、高級ホテルです。写真正面の古い本館の建物は、1927年に完成し、1927年に開業以来、ホテルの建物として、使用され続けている、趣のある建物で、文化財(横浜市認定歴史的建造物)に指定されています。写真右端に見える、本館に隣接して建つ、高層ビルは、1991年に完成した、このホテルの新館の建物です。
写真以下。向こうに停泊している船は、氷川丸(hikawamaru)。1930年代に、日本と、北米を結ぶ太平洋航路で活躍した、約11,600トン(GT)の、日本(日本郵船(Nippon
Yusen)株式会社)の豪華客船(1930年完成and使用開始。横浜船渠(かつて、横浜にあった造船所)製)です。現在は使用されておらず、横浜の港(横浜の都心部の旧市街の海沿い)に永久保存され、文化財に指定されると共に、一般公開されています。1930年代当時、アメリカとカナダの会社も、北米と日本の間に、豪華客船を走らせていましたが、日本郵船(Nippon
Yusen)株式会社(下の補足説明を参照)も、当時、太平洋航路向けの主要な豪華客船としては、氷川丸(hikawamaru)を含め6隻の豪華客船を保有し、日本の横浜と北米を結んでいました。
日本郵船(Nippon
Yusen)株式会社:第2次世界大戦前、日本は、イギリス、アメリカに次ぐ、世界第3位の海運(shipping・marine
transportation)国でした。日本郵船(Nippon Yusen)株式会社は、その世界第3位の海運(shipping・marine
transportation)国、日本の三大海運(shipping・marine
transportation)会社の内の一つでした(今でも、日本郵船(Nippon
Yusen)株式会社は、日本の三大海運(shipping・marine
transportation)会社の内の一つであると共に、世界有数の海運(shipping・marine
transportation)会社となっています)。
以下、参考の投稿・関連投稿。
現代日本伝統様式(戦前日本の客船の内装)他1→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_14/view/id/3524282?&sfl=membername&stx=nnemon2
現代日本伝統様式(戦前日本の客船の内装)他2→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_14/view/id/3524281?&sfl=membername&stx=nnemon2
現代日本伝統様式(戦前日本の客船の内装)他3→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_14/view/id/3524280?&sfl=membername&stx=nnemon2
現代日本伝統様式(戦前日本の客船の内装)他4→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_14/view/id/3524279?&sfl=membername&stx=nnemon2
以下の投稿に続く。。。
氷川丸(歴史のある文化財の客船)他後編→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3754979?&sfl=membername&stx=nnemon2