以下、関連投稿・参考の投稿。
東京郊外の190年以上の歴史を有する日本料理食堂他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_14/view/id/3853947?&sfl=membername&stx=nnemon2
どら焼き(dorayaki)(日本の伝統菓子)他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_14/view/id/3853946?&sfl=membername&stx=nnemon2
70年近い歴史を有する薔薇の庭園他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_14/view/id/3853952?&sfl=membername&stx=nnemon2
以下、基本的に、2014年の8月の上旬に行った投稿の再掲です(投稿文は、2014年の8月の上旬の投稿を前提としています)。私の今の彼女(以下、彼女と書きます)と、向ヶ丘遊園(mukougaokayuen)周辺を散歩して来た時の物です。ちなみに、この時、私は、まだ30代の後期、彼女は、まだ20歳の大学生でした。ちなみに、私も彼女も、今も、痩せの大食い体質ですが(大食いと言っても、標準よりも、若干(ほんの、少しだけ)、多く食べる程度です)、この時の方が、食欲旺盛でした(よく食べていました)。
少し前の事ですが、5月の下旬に、東京都心部から、比較的近い、東京の中南西部郊外(川崎(kawasaki)市西部)に、位置する、向ヶ丘遊園(mukougaokayuen)周辺を散歩して来た時の物です。向ヶ丘遊園(mukougaokayuen)areaは、川崎(kawasaki)市(下の補足説明参照)の、内陸部(西部)に位置しています。川崎(kawasaki)市の、内陸部(西部)は、基本的に、東京都心部に通勤する人々が、多く暮らす、静かで、落ち着いた、郊外住宅地となっています。
川崎(kawasaki)市:東京圏の南部を占める、神奈川(kanagawa)県の、北部に位置する大都市(東京中心部(東京23区)と横浜の間に位置する都市)。
通勤電車(電車)の、向ヶ丘遊園(mukougaokayuen)駅までは、我が家(東京都心部の西部の静かで落ち着いた住宅地に位置します)から、交通の便が良く、我が家の最寄りの、通勤電車(電車)・地下鉄駅から、通勤電車(電車)の、急行(express)で、一本、15分強位で、着きます(運賃は、片道216円)。
この日は、朝寝坊をし、遅い朝食兼昼食を食べてから、我が家を出ました。ちなみに、この日は、私も彼女も、歩き易い靴で、出掛けました。
この日は、まず、向ヶ丘遊園(mukougaokayuen)駅を最寄り駅とする、旧(かつての)向ヶ丘遊園(mukougaokayuen)薔薇庭園を訪れたのですが、薔薇庭園まで、散歩しながら歩いて行く途中、コメダ(komeda)珈琲(コーヒー)の、向ヶ丘遊園(mukougaokayuen)駅周辺の店舗に寄って、この日の、遅い朝食兼昼食の追加と言った感じで、シロノワール(shiro
noir)を食べました。コメダ(komeda)珈琲(コーヒー)は、名古屋(nagoya)(東京、大阪に次ぐ、日本、第3の都市圏人口を有する都市)に本社を置き、名古屋(nagoya)都市圏を拠点とし、名古屋(nagoya)都市圏に、多くの店舗を展開する、大衆的な、喫茶店(日本式coffee
shop)のチェーン(chain)です。長年の間、名古屋(nagoya)都市圏を基盤としていましたが、近年は、東京圏等に、急速に進出し、名古屋(nagoya)都市圏以外における店舗を、急速に増やして来ています。
この時、私が、コメダ(komeda)珈琲(コーヒー)の、向ヶ丘遊園(mukougaokayuen)駅周辺の店舗で、食べた、シロノワール(shiro
noir)(ちなみに、この時、彼女は、小さなサイズ(size)の、シロノワール(shiro
noir)を食べました)。温かいデニッシュ(danish)の上に、ソフトクリーム(soft
serve)が載った、コメダ(komeda)珈琲(コーヒー)独自の、お菓子・デザート(dessert)です。シロノワール(shiro
noir)は、個人的に、特別、美味しいと言う程の物では、全くないのですが(名古屋(nagoya)の方、済みません)、たまに食べたくなる味の、素朴な、お菓子・デザート(dessert)だと思います(ちなみに、量的には、満足感が高いです。食べた後は、ああ、しっかりと、デザート(dessert)・おやつを食べたと言った感じになりますw)。
この時、私が、コメダ(komeda)珈琲(コーヒー)で、シロノワール(shiro noir)と共に、飲んだ、飲み物。ウィンナー・コーヒー(クリーム(cream)を浮かべた、コーヒー(coffee))。
写真以下11枚。この日は、旧(かつての)向ヶ丘遊園(mukougaokayuen)薔薇庭園を訪れました。向ヶ丘遊園(mukougaokayuen)は、1927年に開園し、入場者数の減少等により(おそらく。。。)、2002年に閉園した(75年間の歴史に幕を下ろした)、遊園地です(日本には、依然として、遊園地、動物園、水族館(public
aquarium)等の遊戯施設は、多いですが、それでも、遊園地は、東京圏(東京area)では、世界有数の入園者数を誇る、東京disney
resortとの競争に敗れて、関西(kansai)(大阪)大都市圏では、競争力の有るUniversal Studios
Japanとの競争に敗れて、また、日本全国的には、少子化等による入場者数の減少によって、全盛期よりかは(私が、子供の頃位が全盛期か。。。いや、それよりも、ずっと前?)、かなり減りました)。通勤電車(電車)の、向ヶ丘遊園(mukougaokayuen)駅から、向ヶ丘遊園(mukougaokayuen)までは、少し距離があるので(電車(通勤電車)、1駅分(だいたい1kmから1.5km)位かな。。。バス(bus)に乗るのもいいけど、散歩のつもりで歩いて行くには、丁度、良い距離です)、かつては、向ヶ丘遊園(mukougaokayuen)の施設の一つとして、向ヶ丘遊園(mukougaokayuen)駅から、向ヶ丘遊園(mukougaokayuen)まで、モノレール(monorail)(1966年開業)が、走っていました(モノレール(monorail)が出来る前は、小さな列車(1927年開業)が、走っていた様です)。
写真以下11枚。旧(かつての)向ヶ丘遊園(mukougaokayuen)薔薇庭園。前述の通り、向ヶ丘遊園(mukougaokayuen)は、2002年に閉園しましたが、向ヶ丘遊園(mukougaokayuen)の施設の一つとして、1958年に開園した、薔薇庭園は、向ヶ丘遊園(mukougaokayuen)周辺の住民の要望により、残される事となりました。この薔薇庭園は、1958年に開園した当時、植えられている薔薇の品種の多さから、東洋一の(アジア一の)、薔薇庭園と言われていた様です。私が、子供の頃等に、向ヶ丘遊園(mukougaokayuen)を訪れていた時には、あまり、その様な事は、意識していませんでしたが、向ヶ丘遊園(mukougaokayuen)は、花と緑の遊園地(園内に、花や、植物が多い遊園地)と言う特徴を持つ、遊園地であった様です。
写真以下。旧(かつての)向ヶ丘遊園(mukougaokayuen)薔薇庭園を訪れた後は、旧(かつての)向ヶ丘遊園(mukougaokayuen)薔薇庭園の近くにある、藤子(fujiko)・F・不二雄(fujio)ミュージアム(museum)を訪れました。
写真以下2枚。藤子(fujiko)・F・不二雄(fujio)ミュージアム(museum)周辺の風景。。。
写真以下。藤子(fujiko)・F・不二雄(fujio)ミュージアム(museum)。藤子(fujiko)・F・不二雄(fujio)ミュージアム(museum)は、この時、初めて、訪れました。
藤子(fujiko)・F・不二雄(fujio)ミュージアム(museum)は、かつての、向ヶ丘遊園(mukougaokayuen)の敷地の一隅に開館した、藤子(fujiko)・F・不二雄(fujio)の、作品等に関する、ミュージアム(museum)です(藤子(fujiko)・F・不二雄(fujio)は、1961年から1996年に亡くなるまで、川崎(kawasaki)市の西部に暮らしていました)。藤子(fujiko)・F・不二雄(fujio)(1933年生まれ。1996年に亡くなる)は、1950年代初めから活動し、主として、1960年代から、(1996年に)62歳と、比較的、若くして亡くなるまで、活躍していた、日本の、有名な漫画家です(藤子(fujiko)・F・不二雄(fujio)は、多くの作品を残しましたが(多くの、作品が、アニメ(anime)化されています)、やはり、一番の、代表作品と言えば、ドラえもん(doraemon)でしょう)。藤子(fujiko)・F・不二雄(fujio)(本名、藤本
弘(fujimoito hiroshi))は、元々、藤子 不二雄(fujiko fujio)A(本名、安孫子 素雄(abiko
motoo)。1934年生まれ。現在80歳。同じく、日本の有名な、漫画家)と二人で、藤子 不二雄(fujiko
fujio)と言う、二人組みの漫画家として、活躍していました(藤子(fujiko)・F・不二雄(fujio)は、どちらかと言えば、明るい作品を担当、安孫子
素雄(abiko
motoo)は、どちらかと言えば、暗い(影のある)作品を担当していたと言うイメージです。私が、学生の頃(中学生から大学生の頃)、友人達の間で、藤子(fujiko)・F・不二雄(fujio)の事を、白、藤子
不二雄(fujiko fujio)、藤子 不二雄(fujiko fujio)Aの事を、黒、藤子 不二雄(fujiko
fujio)と呼んでいましたw)。ちなみに、藤子(fujiko)・F・不二雄(fujio)の、一番の、代表作品であると言える、ドラえもん(doraemon)は、藤子
不二雄(fujiko fujio)時代(1969年)に、誕生した作品です。
藤子(fujiko)・F・不二雄(fujio)ミュージアム(museum)の、パンフレット(leaflet)。ちなみに、外国からの訪問客(外国人観光客)は、三鷹(mitaka)市(東京中心部(東京23区)から比較的近い、東京の西部郊外に位置する)にある、Ghibli美術館(Studio Ghibli(宮崎 駿(miyazaki hayao))の世界観を反映した、Studio Ghibliの作品と、アニメーション(animation)に関する美術館)は、北米、ヨーロッパ、アジア等、世界各地からの、観光客が、満遍なく訪れる感じであるのに対し、藤子(fujiko)・F・不二雄(fujio)ミュージアム(museum)は、アジア域内からの観光客が、圧倒的に多い感じで、二人の作家の作品及び海外的影響力(海外的人気)の、特性が表れている感じです。。。
写真以下2枚。藤子(fujiko)・F・不二雄(fujio)ミュージアム(museum)の、建物の外観。
パンフレット(leaflet)より。。。
写真以下3枚。パンフレット(leaflet)より。。。館内の展示例等。
左上は、カフェ(cafe)のメニュー(menu)の例で、暗記パン、フレンチトースト(french toast)と、カフェラテ(caffe latte)。
写真以下。館内の様子。基本的に、藤子(fujiko)・F・不二雄(fujio)ミュージアム(museum)は、館内(ミュージアム(museum)の建物内)は、展示されている漫画等の原画等の、著作権等の関係で(おそらく。。。)、写真撮影は、禁止なのですが、限られた、写真撮影が認められているエリア(area)で、撮影した物です。
以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)に続く。。。
後編 藤子(fujiko)ミュージアム(museum)他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3856171?&sfl=membername&stx=nnemon2