以下、「以下、以下の投稿の続きです。」と言う文までは、前回までの投稿と重複します。
後述する、三菱(mitsubishi)重工業は、1884年創業の、140年の歴史を有する、日本の、重工業会社です。
以下、「」内。下の投稿文から抜粋して来た物です。
「三菱(mitsubishi)重工業の本社は、東京の都心にありますが(現在の、本社ビルは、高さ、約147mの、超高層ビル)、三菱(mitsubishi)重工業は、本社機能を、東京都心の本社ビルと、三菱(mitsubishi)重工業、横浜ビル(高さ、約152mの超高層ビル)に分散させています。この日、私達が訪れた、三菱(mitsubishi)みなとみらい(minatomirai)技術館は、三菱(mitsubishi)重工業、横浜ビルに入っています。」
以下、三菱(mitsubishi)重工業の本社機能の東京都心部への集約に関しては、この記事等を参考にしました→
https://nordot.app/1184588283602486043?c=768367547562557440
三菱(mitsubishi)重工業は、今年(2024年)の夏、首都圏(東京圏)のオフィス(office)を再構築することで、効率的で機動的な体制を整備する為に、それまで、東京都心部と横浜(三菱(mitsubishi)重工業、横浜ビル)に分散させていた、本社機能を、東京都心部に集約しました。
現在の、三菱(mitsubishi)重工業の、総監督的な本社及び形式的な本社は、2019年に完成した、東京都心部でも、中心的な地域に位置する、現在の東京商工会議所のビル(高さ約150mの、超高層ビルで、低層階部分が、東京會舘となっている)の中に入っています。
2019年に完成した、現在の東京商工会議所のビル及び東京會舘に関しては、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)を参照して下さい。
国際ビル(歴史的建造物)他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3864673/page/2?&sfl=membername&stx=nnemon2
現在の、三菱(mitsubishi)重工業の、実質的・機能的な、本社ビルは、去年(2023年)に完成した、田町(tamachi)(東京都心部の南部に位置する)にある、田町(tamachi)タワー(tower)と言う、高さ156mの超高層ビルとなっています。なお、品川(shinagawa)(東京都心部の南部に位置する)にある、三菱(mitsubishi)重工業の、前の、本社ビル(三菱(mitsubishi)重工業ビル。高さ、約147mの超高層ビル。2003年完成)は、現在は、NBF品川(shinagawa)タワー(tower)と名前を変え、三菱(mitsubishi)重工業以外の会社が入居する、オフィス(office)用のビルとなっています。
三菱(mitsubishi)重工業の本社機能の東京都心部への集約に伴い、 三菱(mitsubishi)重工業、横浜ビルは、最近(今年(2024年)の11月1日に)、KDX
横浜(yokohama)みなとみらい(minatomirai)タワー(tower)と名前を変え、現在は、三菱(mitsubishi)重工業以外の会社が入居する、オフィス(office)用ビルとなっている様です。
なお、三菱(mitsubishi)みなとみらい(minatomirai)技術館は、同地(KDX
横浜みなとみらい(minatomirai)タワー(tower)(前の、三菱(mitsubishi)重工業、横浜ビル))で、引き続き、営業を続けている様です(三菱(mitsubishi)みなとみらい(minatomirai)技術館の展示内容は、時代や技術の進歩に合わせて更新させるべき部分に関しては、現在、更新されている(新しくなっている)と思います)。
参考に、以下、「」内。私の前の投稿文より。。。
「私は、女性に、結構合わせているようでいて、その一方において、実は、女性に結構、自分の趣味に付き合って貰って来てもいます。今の彼女も含み、相手の女性は、それはそれで、私色に染まって、私の影響を受けて、私と共に、楽しんで来てくれました(楽しんでくれてます)。ちなみに、私の今の彼女は、元々、好奇心が強い性格です。」
以下、基本的に(若干、内容を追加する等しています)、2016年の12月の後半に行った投稿の再掲で、2016年の12月の中旬に、私の今の彼女(以下、彼女と書きます)と、横浜の、三菱(mitsubishi)みなとみらい(minatomirai)技術館に遊びに行って来た時(以下、この日と書きます)の物です。投稿文は、2016年の12月の後半の投稿を前提としています。
横浜は、東京areaの海の玄関口(gateway)となっている大きな港町です。私は、横浜は、仕事の用事でも、よく訪れますが、横浜の港町の雰囲気が好きで、休日にも、よく遊びに行きます。
この日、訪れた、三菱(mitsubishi)みなとみらい(minatomirai)技術館は、横浜の、みなとみらい(minatomirai)地区にあります。
横浜の、みなとみらい(minatomirai)地区は、横浜の都心部の海沿いの地区の一つで、横浜の都心部で、最も、新しく開発された(1980年代から開発された(本格的な開発は、1980年代後半から))、横浜の都心部の新しい住商複合地区です。
三菱(mitsubishi)重工業の本社は、東京の都心にありますが(現在の、本社ビルは、高さ、約147mの、超高層ビル)、三菱(mitsubishi)重工業は、本社機能を、東京都心の本社ビルと、三菱(mitsubishi)重工業、横浜ビル(高さ、約152mの超高層ビル)に分散させています。この日、私達が訪れた、三菱(mitsubishi)みなとみらい(minatomirai)技術館は、三菱(mitsubishi)重工業、横浜ビルに入っています。
三菱(mitsubishi)みなとみらい(minatomirai)技術館は、1994年に開館した、三菱(mitsubishi)重工業の技術を中心とした、科学技術に関する資料館です。主として、子供を対象にした施設と言った感じですが、大人でも、十分楽しめます。
三菱(mitsubishi)みなとみらい(minatomirai)技術館を訪れたのは、この時で、2回目でした。
以下、以下の投稿の続きです。この日の昼食、三菱(mitsubishi)重工業、横浜ビル、三菱(mitsubishi)重工業の事業の概要については、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)の内、「三菱技術館
横浜散歩1」を参照して下さい、また、三菱(mitsubishi)みなとみらい(minatomirai)技術館の展示風景例及び展示例に関しては、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた3つの投稿)も参照して下さい。
三菱技術館 横浜散歩1→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3875078?&sfl=membername&stx=nnemon2
三菱技術館 横浜散歩2→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3875077?&sfl=membername&stx=nnemon2
三菱技術館 横浜散歩3→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3875076?&sfl=membername&stx=nnemon2
写真以下、三菱(mitsubishi)みなとみらい(minatomirai)技術館の展示例の続きです(以下、三菱(mitsubishi)みなとみらい(minatomirai)技術館の展示の説明において、(主として、第二次世界大戦以前において)、現在の、三菱(mitsubishi)重工業に該当する会社が、製造・建造等した物については、全て、三菱(mitsubishi)重工業が、製造・建造等した物として説明しています)。
天洋丸(tenyoumaru)(約13,000トン(GT))の模型。以下、天洋丸(tenyoumaru)に関する説明は、展示の、説明文等を参考にしました。天洋丸(tenyoumaru)(1908年に完成の、日本の、豪華客船)は、20世紀に入り、日本と、サンフランシスコ(San Francisco)を結ぶ航路に就航した、アメリカの、大型の豪華客船に対抗する為に建造された、3隻の、日本最初の、大型の(10,000トン(GT)を超える)、豪華客船(何れも、三菱(mitsubishi)重工業製)の内の、一つです。客室の内装は、アールヌーボー(Art Nouveau)様式で、統一されていました。
写真以下4枚。前に、アップ(uplaod)した写真の、再利用。三菱(mitsubishi)みなとみらい(minatomirai)技術館の展示物を、解説する、三菱(mitsubishi)みなとみらい(minatomirai)技術館の、子供向けの、チラシ(leaflet)。。。これは、カラースキームに関する解説です。
カラースキームは、客船の製造においては、建築家やデザイナー(designer)等がデザイン(design)した、客船の内装の、デザイン(design)画の事を言います。カラースキーム(特に、カラースキームの、最終決定版は)、カラー写真が、一般的でなかった頃の、客船の内装を知る上で、重要な資料となっています。

写真以下3枚。三菱(mitsubishi)みなとみらい(minatomirai)技術館に、収蔵・展示されている、昔の、カラースキームの例。この、解説チラシ(leaflet)より。。。
写真以下2枚。記憶が曖昧ですが、確か、何れも、1900年から1940年頃までの、日本の豪華客船の内装の、カラースキームです。


写真左側は、客室の、カラースキーム。

橿原丸(kashiharamaru。1939年建造開始、1942年完成予定。27,700トン(GT))の1等(first
class)社交室のカラースキーム(設計・デザイン(design)は、中村 順平(nakamura
jyunpei)(日本の建築家。1887年生まれ。1977年に亡くなる。日本の客船のインテリア(内装)の設計の第一人者で、日本の建築家達の中で、第二次世界大戦以前において、日本の大型客船のインテリア(内装)の設計を、最も多く手がけた)が、行いました)。橿原丸(kashiharamaru)は、日本郵船(Nippon
Yusen)株式会社(下の補足説明参照)が、(1936年にドイツのBerlinで開催された夏季オリンピックに引き続き)1940年に開催されるはずだった、東京オリンピック(Olympics)(夏季Olympics)(第2次世界大戦により中止)の前後に合わせる様に、次々と投入する予定であった、(三菱(mitsubishi)重工業が、建造する予定であった)、新しい豪華客船の一つで、日本の客船史上、最高の豪華客船となるはずが(橿原丸(kashiharamaru)の2等(second
class)が、新田丸(nittamaru。日本の客船史上、最も豪華な客船の一つ)の1等(first
class)と同じ水準になるように設定された)、戦争の影響により、就航する事なく、空母、隼鷹(jyunyou)へと改造されました。正面舞台は、古代の雅楽(gagaku。中国や韓国から伝わった音楽を基にした日本の伝統的音楽)が表現されており、電灯の、すぐ下には、舞楽の面、竪琴の右には、装束を着た楽人が見えます。その下、中央は、翁、千歳三番叟の一組で、中世の能楽(noh・kyogen。日本の伝統的な演劇の一つ)を表現しています。正面の扉部分には、桜と馬を引く、男の図。また、部屋の四隅には、日本の城(castle)を描いたレリーフ(relief)が見えます。これは、漆工芸の工芸家が、乾漆に金箔、銀箔、そして岩絵具を用いて彩色する予定であったと言います。橿原丸(kashiharamaru)は、完成していたら、日本を代表する豪華客船となっていた事でしょう。
日本郵船(Nippon
Yusen)株式会社:日本の三大海運(shipping・marine
transportation)会社の内の一つ。第2次世界大戦前、日本は、イギリス、アメリカに次ぐ、世界第3位の海運(shipping・marine
transportation)国でした。日本郵船(Nippon Yusen)株式会社は、その世界第3位の海運(shipping・marine
transportation)国、日本の三大海運(shipping・marine
transportation)会社の内の一つでした(今でも、日本郵船(Nippon
Yusen)株式会社は、日本の三大海運(shipping・marine
transportation)会社の内の一つであると共に、世界有数の海運(shipping・marine
transportation)会社となっています)。ちなみに、日本郵船(Nippon
Yusen)株式会社は、三菱(mitsubishi)重工業と同じく、旧(かつての)三菱(mitsubishi)財閥系の、企業です。
1930年代当時、アメリカとカナダの会社も、北米と日本の間に、豪華客船を走らせていましたが、日本郵船(Nippon
Yusen)株式会社も、当時、太平洋航路向けの主要な豪華客船としては、6隻の豪華客船を保有し、日本と北米を結んでいました。当時の、日本郵船(Nippon
Yusen)株式会社の、太平洋航路向けの主要な豪華客船は、日本とシアトル(seattle)、バンクーバー(Vancouver)を結ぶ、比較的小さな豪華客船3隻と、日本と、サンフランシスコ(San
Francisco)を結ぶ、比較的大きな豪華客船3隻です。この6隻の中で、代表的な、1929年に完成し、運航を開始した、横浜とホノルル(Honolulu)、サンフランシスコ(San
Francisco)を結ぶ浅間丸(asamamaru)は、他の同社の日本とサンフランシスコ(San
Francisco)を結ぶ豪華客船同様に、日本とシアトル(seattle)、バンクーバー(Vancouver)を結ぶ豪華客船よりも一回り大きく、約17,000トン(GT)あり、また、同社の日本と北米を結ぶ豪華客船の中でも取り分け豪華で、「太平洋の女王」と呼ばれたそうです。

写真は、借り物。1929年に完成し、運航を開始した、三菱(mitsubishi)重工業製の、日本とホノルル(Honolulu)、サンフランシスコ(San Francisco)を結ぶ、日本の豪華客船、浅間丸(asamamaru)(約17,000トン(GT))。食堂(dining room・レストラン)の内装には、贅沢に、イタリア産の大理石が使われ、客室内には、当時最先端の設備が使われていました。当時、「太平洋の女王」と呼ばれました。以下、浅間丸(asamamaru)に関する説明は、三菱(mitsubishi)みなとみらい(minatomirai)技術館の、展示解説を参考にしました。浅間丸(asamamaru)は、主要な部分の内装の、設計・デザイン(design)・製作は、イギリスの装飾会社に依頼され、客室全体は、イギリスの、クラシック(伝統)調で纏められていました。
この時、三菱(mitsubishi)みなとみらい(minatomirai)技術館においては、テーマ展示として、鎌倉丸(kamakuramaru)(秩父丸(chichibumaru))に関する、展示が行われていました。
写真以下2枚。鎌倉丸(kamakuramaru)(秩父丸(chichibumaru))の、模型等。以下、鎌倉丸(kamakuramaru)(秩父丸(chichibumaru))についての説明は、展示の解説文等を参考にしました。鎌倉丸(kamakuramaru)(約17,500トン(GT)))は、1930年に完成し、運航を開始した、三菱(mitsubishi)重工業製の、日本とホノルル(Honolulu)、サンフランシスコ(San
Francisco)を結ぶ、日本の豪華客船です。鎌倉丸(kamakuramaru)(当初、秩父丸(chichibumaru)と命名されたが、後に、鎌倉丸(kamakuramaru)と改名された)は、1930年代において、浅間丸(asamamaru)と共に、日本とホノルル(Honolulu)、サンフランシスコ(San
Francisco)を結ぶ航路で活躍していた、浅間丸(asamamaru)と姉妹船の、日本郵船(Nippon
Yusen)株式会社の豪華客船の一つです。外観は、浅間丸(asamamaru)が、煙突が2本であったのに対し、鎌倉丸(kamakuramaru)が、1本であったのが特徴です。客室は、フランス及び、イギリスの、近代様式を取り入れて、モダンで、洒落た雰囲気で飾られ、浅間丸(asamamaru)とは、対照的な、華やいだ、雰囲気でした。鎌倉丸(kamakuramaru)は、その豪華さ等から、浅間丸(asamamaru)と共に、「太平洋の女王」と呼ばれていました。
鎌倉丸(kamakuramaru)(秩父丸(chichibumaru))。この、テーマ展示の、チラシ(leaflet)より。。。
鎌倉丸(kamakuramaru)(秩父丸(chichibumaru))の模型。
鎌倉丸(kamakuramaru)(秩父丸(chichibumaru))の、1等(first class)食堂(dining room・レストラン)の、カラースキーム。
鎌倉丸(kamakuramaru)(秩父丸(chichibumaru))の、1等(first class)食堂(dining room・レストラン)の、写真。
鎌倉丸(kamakuramaru)(秩父丸(chichibumaru))の、1等(first class)プール(swimming pool)の、カラースキーム。
鎌倉丸(kamakuramaru)(秩父丸(chichibumaru))の、1等(first class)プール(swimming pool)の、詳細なデザイン(design)画、又は、写真。
鎌倉丸(kamakuramaru)(秩父丸(chichibumaru))の、二等(second class)食堂(dining room・レストラン)の、カラースキーム。
鎌倉丸(kamakuramaru)(秩父丸(chichibumaru))の、二等(second class)喫煙室(smoking room)の、カラースキーム。
昔の、日本の豪華客船の内装に関しては、以下の4つの投稿も、参照して下さい。第二次世界大戦前の、日本の、豪華客船の、内装の、デザイン(design)・装飾様式である、「現代日本様式」についての投稿です。
現代日本伝統様式(戦前日本の客船の内装)他1→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3758717/page/21?&sfl=membername&stx=nnemon2
現代日本伝統様式(戦前日本の客船の内装)他2→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3758716/page/21?&sfl=membername&stx=nnemon2
現代日本伝統様式(戦前日本の客船の内装)他3→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3758715/page/21?&sfl=membername&stx=nnemon2
現代日本伝統様式(戦前日本の客船の内装)他4→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3758713/page/21?&sfl=membername&stx=nnemon2
以下、参考の投稿・関連投稿。
現代日本様式(建築・インテリア史)前編→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3874790?&sfl=membername&stx=nnemon2
現代日本様式(建築・インテリア史)後編→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3874789?&sfl=membername&stx=nnemon2
横浜散歩 氷川丸他前編→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3873347?&sfl=membername&stx=nnemon2
横浜散歩 氷川丸他後編→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3873346?&sfl=membername&stx=nnemon2
写真以下2枚。参考に、横浜にある、日本郵船(Nippon
Yusen)歴史博物館(日本郵船(Nippon Yusen)株式会社が運営する、日本郵船(Nippon
Yusen)株式会社の歴史に関する資料館)の展示より。。。前にenjoyでアップ(upload)した写真の再利用。

1937年の、ある日の、日本の(日本郵船(Nippon Yusen)株式会社の)、豪華客船(国際航路向けの長距離客船)の夕食を、(蝋で)、再現したものです。

これも、1930年代の、日本の(日本郵船(Nippon Yusen)株式会社の)、豪華客船(国際航路向けの長距離客船)の食事を、(蝋で)、再現したものです 。盛り付けは、やや、古臭い(古典的な)感じですが、食事は、現在と、それ程は、変わらないかも知れません。
鎌倉丸(kamakuramaru)(秩父丸(chichibumaru))の、1933年の1月1日の、しっかりとした、日本料理の、献立表(menu)。
鎌倉丸(kamakuramaru)(秩父丸(chichibumaru))の、1939年の、ある日の(6月8日の)、昼食メニュー(menu)。間違っていたら、申し訳ありませんが、おそらく、食事の代金は、乗船の代金に含まれていて、大食な人(たくさん、食べる人)は、これを、全部食べても良いし、こんなに、たくさん食べられないと言う人は、この中から、好きな物を選んで、注文しても良いと言う、方式になっていると思います。
以下、鎌倉丸(kamakuramaru)(秩父丸(chichibumaru))の、1939年の、6月8日の、昼食メニュー(menu)の内容。
スープ(soup):澄んだスープ(soup)。濃厚なスープ(soup)。
魚料理:鰈の、焼き物(蒸し焼き)。鯛の、焼き物(網焼き)。
玉子料理:ポーチドエッグ(poached egg )。松茸(matsutake)(香の良い、高級な茸)入りの、オムレツ(omelette)。
煮込み(煮物)料理:厳選された肉、豚肉、牛タン(牛の舌)の煮物、野菜添え。鳩肉(鳩の肉)の、蒸し焼き。ドライカレー(日本の、カレー(curry)料理の一つ)。
野菜料理:様々な野菜の天婦羅。茹でた、ジャガイモ(potato)。サツマイモ(sweet potato)の揚げ物。丸ごと焼いた、焼き林檎(林檎の焼き物)。
焼き物料理:フィラデルフィア (Philadelphia)風、鶏肉の焼き物。ハムステーキ(ham steak)、玉葱の、天婦羅添え。
冷たい肉:厳選された肉の、ロース(loin)。ハム(ham)。牛タン(牛の舌)の燻製。仔牛(子牛)(veal)の、ロース(loin)。羊肉の、ロース(loin)。鵞鳥肉(鵞鳥の肉)の、ロース(loin)。モルタデッラ(mortadella)。
サラダ(salad):様々な、野菜。
デザート(dessert):様々な果物が入った、ゼリー(jelly)。桃のパイ(pie)。アイスクリーム(ice cream)。小菓子(クッキー(cookie)、チョコレート等)。果物、シチュー(stew)。
パン:様々なパン。
果物、その他:林檎。バナナ(banana)。マスクメロン(muskmelon)。様々な、ドライフルーツ(dried
fruit)。様々な、ナッツ(nuts)。 クラッカー(cracker)。緑茶(green
tea)。紅茶。ウーロン(oolong)茶。コーヒー(coffee)。
以下、鎌倉丸(kamakuramaru)(秩父丸(chichibumaru))の、1930年の、11月13日の、夕食メニュー(menu)の、内容。
前菜:西瓜、ホイップクリーム(whipped cream)添え。生ハム(ham)。ニシン(鰊)(魚)の、酢漬け。ox palate のピクルス(pickled ox palate)。ピーナツ(peanuts)。オリーブ(olive)。
スープ(soup):チキン(chicken)スープ(soup)。ホワイトセロリ(white celery)の、濃厚な、スープ(soup)。
魚料理:クサヤモロ(mackerel scad)の、焼き物。
entree:ビーフ・ウェリントン(Beef Wellington)。シビレ(sweetbread)の料理。カリフラワー(cauliflower)のサラダ(salad)。
肉料理:羊肉の、ロースト(roast)、スグリ(red currant)のゼリー(jelly)添え。プラム(plum)を詰めた、ヤマシギ(woodcock)の、ロースト(roast)、グレイビーソース(gravy)添え。
冷たい料理:牛タン(牛の舌)の、燻製。ターキー(turkey)、トリュフ(truffle)添え。サラダ(salad)胡瓜。
その他:ジャガイモ(potato)。ご飯(rice)。Italian Squash。鮪の刺身。豆腐の、お吸い物。
デザート(dessert)等:Newcastle
Pudding、パイナップルアイスクリーム(pineapple ice
cream)等の、甘いデザート(dessert)。savoury。様々な、ナッツ(nuts)。無花果(fig)。chow
chow。林檎。パイナップル(pineapple)。バナナ(banana)。クラッカー(cracker)。チーズ(cheese)。コーヒー(coffee)。
当時の日本は、階級社会(昔は、貧しい人々は、本当に、貧しかったし、庶民の、食生活・物質的な生活も、現代に比べると、遥かに(ずっと)、貧しかった)、現代の日本は、大衆社会(庶民が、豊かで、又、貧困層でも、福祉制度等により、自動車を保有し、ある程度の水準の、生活が保障されている)と言う違いもありますが、富裕層・上流層の暮らしは、昔の方が、豪華であったような気がします(こうした、近代以前(第二次世界大戦前の、階級社会)と、現代(第二次世界大戦後の、大量生産・大量消費社会)の、時代の、大きな流れは、一般的に、日本のみならず、他の先進国(アメリカ、ヨーロッパ等)でも、当てはまると思います)。
以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)に続きます。
三菱技術館 横浜散歩5→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3875074?&sfl=membername&stx=nnemon2