基本的に、去年の3月4日の22時30分に行った投稿の再掲です。
先週の土曜日(一昨日。以下、この日と書きます)は、個人的に仕事で、前日(先週の金曜日)は、彼女は、我が家に泊まりませんでした。
この日は、自宅(我が家)に持ち込んだ仕事と、職場(事務所)に顔を出しての仕事の併用と言った感じでした。
ちなみに、我が家(東京都心部の西部の静かで落ち着いた住宅地に位置します)の最寄りの、通勤電車・地下鉄駅と、(東京都心部の)私の職場(事務所)の最寄り駅は、地下鉄で4駅(運賃は、初乗り運賃(178円))、我が家の玄関から職場(事務所)の玄関まで(通勤時間は)、30分位です。
以下、参考の投稿。
100年の歴史を有する銀杏並木他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3755455/page/4?&sfl=membername&stx=nnemon2
この日の夕食は、仕事を終えた後、彼女と、外食(私の街の飲食店)で食べました。
この日は、彼女は、我が家に泊まり、2人共夜更かしをし、この翌日(今週の日曜日。昨日。以下、この日と書きます)は、朝寝坊をし、遅い朝食兼昼食を食べた後、彼女と、旧岩崎(iwasaki)庭園に遊びに出掛けて来ました。
ちなみに、この日の、遅い朝食兼昼食は、普段の朝食(パン、シリアル(cereal)、野菜サラダ(salad)、3種類程の果物、牛乳、ジュース(juice)、ヨーグルト(yoghurt))を同じ内容でした。
3月1日から3月10日までと、比較的短い期間で、現在、旧岩崎(iwasaki)庭園の西洋式の邸宅の建物では、東京の伝統工芸と現代美術の融合等をテーマとした作品を展示する催しが行われているのですが、この日は、その催しを目当てで、旧岩崎(iwasaki)庭園に訪れました。
参考に、以下、「」内。私の前の投稿文より。。。
「私は休日を外で過ごす事は好きで、美味しい物を食べる事、自然の中を散歩する事、温泉に入浴する・温泉旅館等の温泉宿泊施設に宿泊する事、芸術や花を愛でる(鑑賞する)事等は、好きなのですが、本格的な登山やキャンプ等のアウトドアは好みません。
私は、交際する女性との趣味が合うか合わないかと言う事は、若い頃は気にしなかったのですが、成熟した大人になってからは、私と趣味が合う女性を好きになるプラス交際相手の女性が、私色に染まってw、私と趣味が合って来ると言う事を合わせて、私と趣味が合う女性と交際するようになりました。」
我が家(東京都心部の西部の静かで落ち着いた住宅地に位置します)の最寄り駅から、旧岩崎(iwasaki)庭園の最寄り駅の、地下鉄の、湯島(yushima)駅(上野(ueno)areaにある、地下鉄・電車駅の一つ)までは、時間は、ある程度かかるものの(23分程度かかる)、交通の便は、良く、乗換え無しの、地下鉄で、1本で行けます。旧岩崎(iwasaki)庭園は、地下鉄の、湯島(yushima)駅から、歩いて、すぐの場所にあります。
上野(ueno)area(東京都心部の北東部に位置する)は、浅草(asakusa)と並ぶ、東京の下町(旧市街。東京中心部(東京23区)の東部)、最大級の繁華街となっています。
上野(ueno)には、上野(ueno)公園があります。上野(ueno)公園は、東京中心部にある公園の中では、最大級の公園の内の一つであり、また、美術館・博物館等の文化施設が集まっています。
旧岩崎(iwasaki)庭園は、上野(ueno)公園の南西端部(上野(ueno)公園の、美術館・博物館等の文化施設が集まっているエリア(area)(最寄りの電車・地下鉄駅は、上野(ueno)駅)からは離れている)に近接しています。
3月1日から3月10日までと、比較的短い期間で、現在、旧岩崎(iwasaki)庭園の西洋式の邸宅の建物で行われている、東京の伝統工芸と現代美術の融合等をテーマとした作品を展示する催しの看板。
この時、旧岩崎(iwasaki)庭園に隣接する(旧岩崎(iwasaki)庭園の敷地と繋がっている)、国立近現代建築資料館(日本の、国立の、(日本の)近代と現代の建築に関する資料館)で、現在開催中の、アイヌ(ainu)人の、伝統的な住居(家の建物)・伝統工芸・伝統文化に関する、展覧会(exhibition)(以下、この展覧会(exhibition)と書きます)も、簡単に、見て来ました。
ちなみに、以下、「」内。2019年9月の他の方の投稿の私のレスより。。。ちなみに、私は、ゴールデンカムイは、全く、詳しくありません。
「ゴールデンカムイは彼女が夢中になって見ていたアニメですが、私は彼女に勧められてGYAO!で第一話しか見ていません。」
以下、「」内。基本的に、2017年に行った投稿から抜粋して来た物です。最新の学説と異なっていたら申し訳ありません。
「以下、過去に、kjで、行った投稿の中から、抜粋して来た物です。
現在の、日本人の基礎となったのは、在来系の、縄文(jomon)人(14,000年前、あるいは、それ以前から、日本列島に暮らしていた人々)と、渡来系の、弥生(yayoi)人(3,000年から2,000年前に、主に、朝鮮半島(韓国)を経由して、日本に渡って来た、アジア大陸の北方(北)で、寒冷地に適応していた人々)の混血であると言う説が、長い間(古くからの)、有力な説となっています。
アイヌ(ainu)人は、北海道(hokkaido)(日本の、最北端の地方)に暮らす、先住民族です。伝統的な(古くからの)学説によれば、アイヌ(ainu)人は、縄文(jomon)人の血を強く受け継いでいるとされています。」
写真以下7枚。この展覧会(exhibition)の展示作品例。
写真以下2枚。アイヌ(ainu)の伝統的な住居(住宅の建物)の模型。
国立近現代建築資料館から見た、(国立近現代建築資料館に隣接する(国立近現代建築資料館の敷地と繋がっている))旧岩崎(iwasaki)庭園。手前、極一部(とても一部だけ)残っている(現存している)、かつての日本伝統式の邸宅の建物。奥、かつての西洋式の邸宅の建物。
岩崎(iwasaki)家は、日本最大級の財閥の一つであった、三菱(mitsubishi)財閥(近代の日本で最大級の財閥(近代日本の、三大財閥又は四大財閥)の一つ。現在の、三菱(mitsubishi)group(日本最大級の企業グループ(conglomerate)の内の一つ))のオーナー(owner)であり、貴族(男爵)でもあった、資本家の家です。
岩崎(iwasaki)家は、別荘を、たくさん保有していた様です。
例えば、以下、「」内。参考に、私の前の投稿文より。。。
「箱根(hakone)(東京圏(東京圏の南部を占める県である、神奈川(kanagawa)県)の、南西端部に位置します)は、日光(nikko)(栃木(tochigi)県(東京圏の北端に位置する県)に位置する)と並ぶ、東京近郊を代表するリゾート(resort)地・保養地・観光地・避暑地です(箱根(hakone)は、日本有数の温泉地となっています)。
山のホテルは、芦ノ湖(ashino湖)(箱根(hakone)にある大きな湖)の湖畔にある、高級リゾート(resort)ホテルです。庭園の、ツツジの花が綺麗な事で知られています。
山のホテルは、岩崎(iwasaki)家の、1911年に造られた、敷地面積、約100,000坪(約330,000平方m)の、箱根(hakone)の芦ノ湖(ashino湖)の湖畔の別荘(建物は、現存せず)の敷地の一部(半分弱)を利用して、1948年に開業したリゾート(resort)ホテルで、45,000坪(約149,000平方m)の敷地面積があります。この他にも、箱根(hakone)では、箱根(hakone)湯元(yumoto)area(箱根(hakone)にある温泉地の一つ。箱根(hakone)の玄関口となっている)にある、高級classの温泉旅館、吉池(yoshiike)旅館が、1904年から1908年位の間に整備された、元、岩崎(iwasaki)家の、箱根(hakone)湯元(yumoto)areaの別荘の敷地(面積約10,000坪(約33,000平方m))に建っています。」
山のホテルに関しては、以下の投稿を参照して下さい。
75年の歴史を有するホテル 秋景色・富士山前編→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3751988/page/8?&sfl=membername&stx=nnemon2
75年の歴史を有するホテル 秋景色・富士山後編→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3751986/page/8?&sfl=membername&stx=nnemon2
75年の歴史を有するホテル ハロウィン他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3746104/page/10?&sfl=membername&stx=nnemon2
箱根の110年近い歴史を有する公園 秋薔薇他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3746103/page/10?&sfl=membername&stx=nnemon2
東京中心部にも、元(かつて)、岩崎(iwasaki)家の邸宅、別荘(別邸)であった場所が、かなりあり、岩崎(iwasaki)家は、第二次世界大戦前は、たくさんの、とても広い敷地の邸宅・別荘を保有していた様です。岩崎(iwasaki)家は、元々、侍(samurai)の家柄ではあったが、侍(samurai)の中でも、身分の非常に低い家柄であった為?、いくら財産を築いても、近代貴族としては、男爵(最も、身分の低い爵位。日本の近代貴族の爵位は、身分が高い順に、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵)止まりでしたが、おそらく、第二次世界大戦前において、日本で、最も富裕な家族の一つであったでしょう。
ちなみに、第2次世界大戦後、貴族、資本家、地主等の日本の上流階級は、貴族制度の廃止、財閥の解体、地主や広い土地を持っている者に、従来よりも不利益となる制度改革等により、かなりの土地と財産を処分せざるを得なくなり、(以前の様に贅沢な暮らしが出来なくなり)、没落しました。
江戸(edo)時代(17世紀から19世紀半ば)において、徳川(tokugawa)将軍(shogun)家(東京を拠点に、日本全国の地方領主達の長(leader)として、日本を実質的に統治していた家)の政策により、日本全国の地方領主達は、1年ごとに、それぞれの拠点としていた地方・地域の地元の城(castle)と東京に、交互に暮らさなければならなかった為、それぞれ、東京に、複数の別邸(別荘)を所有していました。
旧岩崎(iwasaki)庭園は、岩崎(iwasaki)家が、江戸(edo)時代(17世紀から19世紀半ば)において榊原(sakakibara)家(現在の新潟(niigata)県(日本の中部地方の北端に位置する県)の西南部地域を統治していた地方領主の家)の東京の別邸(別荘)の一つの敷地であった土地を手に入れ、1896年に造った、岩崎(iwasaki)家の、東京の、メイン(main)の邸宅の跡です。現在は、日本の国の所有となり、近代の(19世紀後期から1930年代の)、日本の上流階級の邸宅の面影と雰囲気を残す建物と土地の一つとして文化財として保存すると共に、一般に公開しています。
岩崎(iwasaki)家の、東京の、メイン(main)の邸宅であった時は、約15,000坪(約50,000平方m)の敷地に、20棟(20個)の建物があり、庭には、テニスコート(tennis
courts)や日本伝統式の茶室(tea house)、厩舎(馬小屋・horse
stable)、蘭の温室(greenhouse)等がありましたが、現在は(旧岩崎(iwasaki)庭園は)、敷地面積は、当時の、3分の1強の、約18,000平方m(約5,500坪)となり(見た感じ、敷地面積は、5,000坪位かなと思っていたら、概ね、当たっていました)、建物も、(当時は、主に、客の接待・パーティー(party)・一年に一度の岩崎(iwasaki)家の一族(家族・親族)の集まり等に使用されていた)西洋式の邸宅の建物と、ビリヤード(billiard)場の建物、岩崎(iwasaki)家の家族が普段暮らしていた日本伝統式の邸宅の建物(西洋式の邸宅の建物よりも、遥かに(ずっと)、規模が、大きかった)の極一部(とても一部)の、3つの建物(当時のまま残っているのは、西洋式の邸宅の建物とビリヤード(billiard)場の建物のみ)しか残っていません。
以下、基本的に、前に行った、以下の投稿の内、旧朝香宮(asakanomiya)邸(東京都庭園美術館)前編から抜粋して来た物です。旧朝香宮(asakanomiya)邸に関しては、以下の投稿を参照して下さい。
旧朝香宮(asakanomiya)邸(東京都庭園美術館)前編→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3735149/page/12?&sfl=membername&stx=nnemon2
旧朝香宮(asakanomiya)邸(東京都庭園美術館)後編→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3735148/page/12?&sfl=membername&stx=nnemon2
宮家(miyake)とは、皇族(天皇の一族(親族))の内、天皇家から独立した生計を営み、且つ、天皇から称号(宮号)を賜り、代々、皇族(天皇の一族)の身分の保持を許された家(家族)で(wiki等を参考にしました)、現在は、宮家(miyake)は、4つしか存在しませんが(2014年に、当主が独身であった宮家(miyake)の当主が、亡くなられた為、それまで、5つであった宮家(miyake)が、4つとなった)、第2次世界大戦が終った直後には、日本には、朝香宮(asakanomiya)家を含む、14の宮家(miyake)が存在していました(朝香宮(asakanomiya)家を含む、多くの宮家(miyake)が、1947年に、宮家(miyake)でなくなりました)。
以下、前に行った投稿の中から抜粋して来た物です。

東京都庭園美術館のパンフレット(booklet)から、宮家(miyake)の、近代の邸宅の例。現存していませんが、東京都心部にあった、1912年に建てられた、北白川宮(kitashirakawanomiya)家の新しい邸宅(新しい、東京の本邸(mainの邸宅))の、メイン(main)の建物です(写真右上を除く。写真右上は、竹田宮(takedanomiya)家の邸宅のメイン(main)の建物の内、西洋式の建物です(東京都心部に現存しています))。北白川宮(kitashirakawanomiya)家の邸宅(東京の本邸(mainの邸宅))の、メイン(main)の建物は、日本伝統式の建物と西洋式の建物によって、構成されていました(両者は、廊下で繋がっていた様です)。近代日本(19世紀末から第二次世界大戦時まで)において、富裕層の住宅は、邸宅の敷地内に、日本伝統式の建物と西洋式の建物がある場合も多く、特に、上流階級の邸宅は、その様な邸宅が非常に多かったです(邸宅のメイン(main)の建物が、日本伝統式の建物と西洋式の建物によって構成されている場合も、多かった)。写真左上、北白川宮(kitashirakawanomiya)家の邸宅(東京の本邸(mainの邸宅))の、メイン(main)の建物の内、西洋式の建物。写真左、中、北白川宮(kitashirakawanomiya)家の邸宅(東京の本邸(mainの邸宅))の、メイン(main)の建物の一階平面図(西洋式の建物と、日本伝統式の建物は、廊下で、繋がっていた様です。右が、西洋式の建物。左が、日本伝統式の建物。。。おそらく。。。)。写真下、北白川宮(kitashirakawanomiya)家の邸宅(東京の本邸(mainの邸宅))の、メイン(main)の建物の内、日本伝統式の建物。
以上、前に行った、旧朝香宮(asakanomiya)邸(東京都庭園美術館)前編と言う投稿から抜粋して来た物でした。
上の写真の左側の、上から2番目は、前述の通り、かつて存在していた、北白川宮(kitashirakawanomiya)家の邸宅(東京の本邸(mainの邸宅))の、メイン(main)の建物の一階平面図で、平面図の右端部分が西洋式の邸宅の建物の平面図で、それ以外の平面図の部分は、日本伝統式の邸宅の建物の平面図なのですが(西洋式の邸宅の建物と日本伝統式の邸宅の建物は廊下で繋がっていた様です)、かつての、岩崎(iwasaki)家の、東京の、メイン(main)の邸宅(現在の、旧岩崎(iwasaki)庭園)の、西洋式の邸宅の建物と日本伝統式の邸宅の建物の、規模(大きさ)の差は、かつての、北白川宮(kitashirakawanomiya)家の邸宅(東京の本邸(mainの邸宅))の、西洋式の邸宅の建物と日本伝統式の邸宅の建物の、規模(大きさ)の差位あったのではないでしょうか。
写真以下。旧岩崎(iwasaki)庭園(かつての、岩崎(iwasaki)家の、東京の、メイン(main)の邸宅)。前述の通り、岩崎(iwasaki)家の邸宅であった時は、約15,000坪(約50,000平方m)の敷地に、20棟(20個)の建物があったのですが、現在は、敷地面積は、当時の、3分の1強の、約18,000平方m(約5,500坪)となり、3つの建物(当時のまま残っているのは、西洋式の邸宅の建物とビリヤード(billiard)場の建物のみ)しか残っていません。
写真以下27枚。西洋式の邸宅の建物。1896年完成。設計は、ジョサイア・コンドル(Josiah Conder)(1852年生まれ。1920年に亡くなる。19世紀から1910年代まで、日本で活躍していた、イギリス人の建築家。日本の上流階級の西洋式の建物の設計でも活躍した)が手掛けました。前述の通り、西洋式の邸宅の建物は、当時は、主に、客の接待・パーティー(party)・一年に一度の岩崎(iwasaki)家の一族(家族・親族)の集まり等に使用されていました。
西洋式の邸宅の建物と日本伝統式の邸宅の建物を結ぶ廊下。
前述の通り、(岩崎(iwasaki)家の家族が普段暮らしていた)日本伝統式の邸宅の建物(1896年に完成)は、西洋式の邸宅の建物よりも、遥かに(ずっと)、規模が、大きかったですが、現在は、その、極一部(とても一部)しか残されていません。
写真以下2枚。写真右側。上から見た、西洋式の邸宅の建物と日本伝統式の邸宅の建物を結ぶ廊下。写真、奥、現在は、当時の、極一部(とても一部)しか残っていない、日本伝統式の邸宅の建物。
写真左端。現在は、当時の、極一部(とても一部)しか残っていない、日本伝統式の邸宅の建物。
写真以下。ビリヤード(billiard)場の建物。1896年完成。設計は、ジョサイア・コンドル(Josiah Conder)。
以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)に続く。。。。西洋式の邸宅の建物の内装例に関しては、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)を参照して下さい。
旧岩崎東京本邸他後編→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3921555?&sfl=membername&stx=nnemon2