基本的に2015年の6月の上旬に行った投稿の再掲です(投稿文は、2015年の6月の上旬の投稿を前提としています)。私の今の彼女(以下、彼女と書きます)と、東京国立近代美術館(The National Museum of Modern Art, Tokyo)に、片岡 珠子(kataoka tamako)の作品の、展覧会(exhibitionを見に行って来た時の物です。ちなみに、当時、私は、まだ、30代の後期、彼女は、20代初めの大学生でした。
4月の中旬、個人的に休みであった日(以下、この日と書きます)に、彼女と、東京国立近代美術館(東京国立近代美術館の本館)に、この時、東京国立近代美術館(東京国立近代美術館の本館)で行われていた、片岡 珠子(kataoka tamako)(後で、詳しく説明します)の、展覧会(exhibition)を見て来た時の物です。
この日、訪れた、東京国立近代美術館の本館は、東京都心部の中でも、中心的な地域に位置する、かつての、江戸(edo)城(castle)の敷地の中心部であった部分(現在は、皇居(天皇の宮殿)と公園として整備されている)の周辺に位置しています。
東京国立近代美術館は、日本の、国立の、近代美術館(近代美術・現代美術専門の美術館)の一つです(東京都心部の中でも、中心的な地域に位置する)。開館は、1952年ですが、この日、私達が、訪れた、現在の東京国立近代美術館の本館(現在の東京国立近代美術館のメイン(main)の建物)は、大規模化に伴い、1969年に完成した物です
東京国立近代美術館でも、近代美術作品と共に、現代美術作品も収蔵・展示していますが、東京で、現代美術専門の、大規模な、公営の美術館として、現代美術専門の美術館としては、世界的に見ても規模が大きな、東京都現代美術館(Museum of Contemporary Art Tokyo)(後で説明します)が、1995年に開館しています。
以下、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)の続きです。東京国立近代美術館について詳しくは、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)を参照して下さい。
国立近代美術館 片岡珠子展他前編→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3931683?&sfl=membername&stx=nnemon2
写真以下21枚。東京国立近代美術館の本館の、収蔵・展示作品例の続きです。東京国立近代美術館の本館の、収蔵・展示作品例については、すぐ上でリンクを付けた前回の投稿も参照して下さい。この日は、東京国立近代美術館の本館では、片岡 珠子(kataoka tamako)の展覧会(exhibition)を見た他、東京国立近代美術館の本館の常設展示(通常の展示・一般的な展示)も見ました。東京国立近代美術館の本館の収蔵作品の中心は、日本の、近代、及び、現代の、美術作品となっています(どちらかと言えば、近代美術の作品を重視していますが、かと言って、現代美術の作品が、疎かにされている訳ではありません)。
写真以下5枚は、小倉 遊亀(ogura yuki)(下の、補足説明参照)の作品です。
小倉 遊亀(ogura yuki):1895年生まれ。2000年、105歳で亡くなる。1920年代中期から1990年代に活躍した、日本の有名な、女性、近代、日本伝統画家。
「浴女 その一」(1938年)。風呂に入る女性を描いた作品です。(東京国立近代美術館の、この作品の解説にも、似たような事がかかれていますが)、男性画家が、女性の裸を描く場合、どうしても、性的な要素(性的なイメージ)が作品に入ってしまう事が多いのですが、この作品は、女性画家(小倉 遊亀(ogura yuki))の作品であるので、(男性の目から見た場合、清涼感と言うか無機質感と言うかw)、男性が描く女性の裸とは、また違った感じがあると思います。
写真以下2枚。「浴女 その二」(1939年)。風呂に入った後の、女性を描いた作品です。
写真以下2枚。「美しき朝」(1951年)。
写真以下2枚。「猫」(1940年)。藤田 嗣治(fujita tsuguharu)(下の、補足説明参照)。
藤田 嗣治(fujita tsuguharu):1886年生まれ、1968年に亡くなる。1920年代から、世界的な名声を博した、日本の有名な、近代・現代画家(西洋画家)。晩年(1955年)には、フランス国籍を取得。
「たにま」(1953年)。東山 魁夷(higashiyama kaii)(下の、補足説明参照)作。
東山 魁夷(higashiyama kaii):1908年生まれ。1999年に亡くなる。1930年代から1990年代(主として、1940年代後半から1990年代)に活躍した、日本の有名な、近代及び現代、日本伝統画家。
「月と犀」(1953年)。加山 又造(kayama matazo)(下の、補足説明参照)作。
加山 又造(kayama matazo):1927年生まれ。2004年に亡くなる。1950年代から活躍した、日本の有名な、現代、日本伝統画家・版画家。
「太陽」(1953年)。草間 彌生(kusama yayoi)(下の、補足説明参照)作。
草間 彌生(kusama yayoi):1929年生まれ(現在86歳)。1950年代から、現在まで活躍している、日本の世界的に有名な、女性、現代美術artist。
「蝕」(1959年)。岩橋 英遠(iwahashi eien)(下の、補足説明参照)作。
岩橋 英遠(iwahashi eien):1903年生まれ。1999年に亡くなる。1930年代中期頃から活躍した、日本の有名な、現代、日本伝統画家。
「韻」(1959年)。中西 夏之(nakanishi natsuyuki)(下の、補足説明参照)作。
中西 夏之(nakanishi natsuyuki):1935年生まれ。1950年代の終わり頃から、活躍している、日本の、現代美術artist。
「彫刻する No.1」(1961年から1962年)。荒川 修作(arakawa syusaku)(下の、補足説明参照)作。
荒川 修作(arakawa syusaku):1936年生まれ。2010年に亡くなる。1950年代後期頃から、亡くなる近く(近年)まで活躍していた、日本の、世界的に有名な、現代美術artist・建築家。世界的に有名と言っても、草間 彌生(kusama yayoi)等程は、有名ではなく、専門家の間では、世界的に有名と言った感じかな。。。
「作品」(1962年)。今井 俊満(imai toshimitsu)(下の、補足説明参照)作。
今井 俊満(imai toshimitsu):1928年生まれ。2002年に亡くなる。1950年代から1990年代に活躍した、日本の、有名な、現代画家。
写真以下2枚。「あなたの偶像」(1962年)。工藤 哲巳(kudo tetsumi)(下の、補足説明参照)作。
工藤 哲巳(kudo tetsumi):1935年生まれ。1990年に亡くなる。1950年代後期から1980年代に活躍した、日本の、有名な、現代美術artist。
写真以下2枚。「涼粧」(1968年)。広田 多津(hirota tatsu)(下の補足説明参照)作。
広田 多津(hirota tatsu):1904年生まれ。1990年に亡くなる。1930年代後期頃から1980年代半ば頃に活躍した、日本の、有名な、女性、近代、日本伝統画家。
高松 次郎(takamatsu jirou):1936年生まれ。1998年に亡くなる。1950年代後期から1990年代に活躍した、日本の、有名な、現代美術artist。
写真以下2枚。「猫犬」(1974年)。土 方 久巧(hijikata hisakatsu)(下の補足説明参照)作。
土 方 久巧(hijikata hisakatsu):1900年生まれ。1977年に亡くなる。彫刻家としては、1920年代半ば頃から活動し、民族学研究者(Palau等の、南太平洋諸島に関する)としては、1920年代の終わり頃から活動し、民族学者としては、1940年代頃から、1970年代後期に亡くなる近くまで、彫刻家としては、1940年代の終わり頃から、1970年代後期に亡くなる近くまで、活躍した、日本の、有名な、民族学者・現代彫刻家・詩人。
写真以下9枚。この日は、東京国立近代美術館(東京国立近代美術館の本館)で、この時、行われていた、片岡 珠子(kataoka tamako)(下の補足説明参照)の、展覧会(exhibition)を見ました。この日、東京国立近代美術館(東京国立近代美術館の本館)を訪れた目的は、この、片岡 珠子(kataoka tamako)の展覧会(exhibition)を見る事にありました。
片岡 珠子(kataoka tamako):1905年生まれ。2008年、103歳で亡くなる。1926年、(私立)女子美術学校(1900年創立。現在の、女子美術大学(東京の、芸術系の大学の一つで、私立の、女子大学(基本的に、学生は、女性に限られている)の、芸術系の大学。日本の有名な、芸術系の大学の一つ))を卒業。1920年代半ば頃から活動し、1930年代の終わり頃から、2008年に、103歳で亡くなる近くまで活躍していた、日本の有名な、女性、近代及び現代、日本伝統画家。
写真以下9枚。この展覧会(exhibition)(この時、東京国立近代美術館の本館で、行われていた、片岡 珠子(kataoka tamako)の、展覧会(exhibition))の、展示作品例。。。絵葉書、及び、この展覧会(exhibition)の、チラシ(leaflet)より。。。全て、片岡 珠子(kataoka tamako)の作品です。この展覧会(exhibition)、とても良かったです。
「飼育」(1954年)。片岡 珠子(kataoka tamako)は、まだ、それ程(後の時代(1950年代後期以降)程)、有名でなかった頃(1926年から1955年にかけて)、横浜(東京圏の南部)の郊外の、横浜市が運営する、公立の、小学校の一つで、美術の教師として働いていたのですが、その時に、生徒を、モデル(model)として描いた作品です。
「初夏」(1956年)。
「海(真鶴(manazuru)の海)」(1959年)。
「海(鳴門)」(1962年)。
「山(富士山)」(1964年)。
「面構 足利 尊氏(ashikaga takauji)」(1966年)。
写真上「幻想」(1961年)。写真右下、「枇杷(biwa)」(1930年)。
上から、「面構 狂言作者河竹黙阿弥・浮世絵師三代豊国」(1983年)、「ポーズ4」(1986年)、「桜島の夜」(1962年)。
「面構 葛飾 北斎(katsushika hokusai)」(1971年)。
この時、ついでに、この時、東京国立近代美術館の本館で開催されていた、1970年に開催された、大阪万国博覧会(Expo ’70)(下の補足説明参照)の、デザイン(design)の展覧会(exhibition)を見て来ました。
大阪万国博覧会(Expo ’70):1970年に、大阪(東京に次ぎ、日本で、第二の都市圏人口を有する都市)で開催された、日本(及びアジア)で開かれた、最初の万国博覧会(Universal Exposition)、且つ、当時、世界史上(世界の歴史上)、最大の規模の万国博覧会(Universal Exposition)(ちなみに、東京では、第二次世界大戦以前の1940年に、日本(及びアジア)で、最初の万国博覧会(Universal Exposition)が開催される予定でしたが、戦争の影響で中心となり、日本(及びアジア)最初の万国博覧会(Universal Exposition)の開催は、1970年に、大阪(大阪の郊外)で開催された、大阪万国博覧会(Expo ’70)まで待たなければなりませんでした)。3,300,000平方m(以前の投稿に、約860,000坪(約2,843,000平方m)と書いていましたが、3,300,000平方mの間違いでした。済みません)の敷地に、110以上のパビリオン(展示館)が建ち並んだ。ちなみに、日本では、大阪万国博覧会(Expo’70)(日本で最初に開催された万国博覧会(Universal Exposition)、沖縄(okinawa)海洋国際博覧会(Expo ’75)(1975年に、沖縄(okinawa)で開催された)、筑波(tsukuba)国際科学技術博覧会(Expo ’85)(1985に、東京圏の北東部に位置する中都市(中規模程度の人口を有する都市)、筑波(tsukuba)で開催された)、大阪国際花と緑の博覧会(Expo’90)(1990年に、大阪で開催された)、愛知(aichi)万国博覧会(Expo 2005)(日本で、一番最近開催された、万国博覧会(Universal Exposition)。2005年に、名古屋(nagoya)(日本で、第三の都市圏人口を有する都市)の郊外・近郊で開催された)と、現在まで、合計5回、万国博覧会(Universal Exposition)が開催されています(ちなみに、大阪(日本の商業の中心都市)は、日本で、唯一、万国博覧会(Universal Exposition)を、複数回(2回)、開催した都市となっています)。
写真以下2枚。この時、東京国立近代美術館の本館で開催されていた、1970年に開催された、大阪万国博覧会(Expo’70)(下の補足説明参照)の、デザイン(design)の展覧会(exhibition)の、チラシ(leaflet)。大阪万国博覧会(Expo’70)の、デザイン(design)・設計には、当時の日本を代表する、建築家・デザイナー(designer)・芸術家達が、活躍しました。
この日の夕食は、私の街の、居酒屋で、彼女と、(お酒(アルコール(alcoholic)飲料)等を〉飲みながら、食べました。
以下、適当に、おまけ。。。参考に。。。

写真は、借り物。東京国立近代美術館の別館(annex)である、東京国立近代美術館工芸館。収蔵・展示作品の中心は、近代、及び、現代の、日本の工芸作品となっています。東京国立近代美術館の本館と同じく、東京都心部でも、中心的な地域に位置し、東京国立近代美術館の本館とは、別の場所にあるものの、東京国立近代美術館の本館と近い場所にあります。建物は、かつて(第二次世界大戦以前に)、日本の陸軍の、司令部の建物の一つであった物で、1910年に、近衛(konoe)師団(かつての、日本の陸軍の師団の一つ。天皇家と、皇居(天皇の住まい・天皇の宮殿)を守る任務を担っていた師団。(かつての)日本の陸軍の、最精鋭(最も、精鋭)の部隊であった)の司令部の建物として建てられた建物です。東京国立近代美術館は、東京国立近代美術館の本館、東京国立近代美術館工芸館(上の写真)の他、東京国立近代美術館の映画部門である、フィルムセンター(Film Center)(1970年開館)があります(東京都心部でも、中心的な地域に位置するが、東京国立近代美術館の本館及び、東京国立近代美術館工芸館とは、離れた場所に位置する)。
写真以下2枚。(この展覧会(exhibition)は)見ませんでしたが、この時、東京国立近代美術館の別館(annex)(東京国立近代美術館工芸館)で行われていた、中村 ミナト(nakamura minato)(下の補足説明参照)の作品の、展覧会(exhibition)の、チラシ(leaflet)。
中村 ミナト(nakamura minato):1947年生まれ。1980年代頃から活躍している、日本の有名な、女性、ジュエリーデザイナー(jewelry designer)・彫刻家(現代彫刻家)。
写真以下12枚。東京都現代美術館(前に、アップ(upload)した写真の、再利用)。東京都現代美術館(Museum of Contemporary Art Tokyo)(1995年に開館)は、東京中心部(東京23区)の東部に位置する、東京都(日本の47の都道府県(prefecture)の一つ。主として、東京中心部(東京23区)と、東京の西部郊外・近郊から成る)が、運営する、公立の、現代美術専門の美術館です。東京都現代美術館(Museum of Contemporary Art Tokyo)は、世界的に見ても、規模が大きな、現代美術専門の美術館です。東京国立近代美術館と、東京都現代美術館は、東京中心部(東京23区内)における、二大、近代美術・現代美術専門美術館となっています。
写真以下6枚。東京都現代美術館の建物。
写真以下3枚。ヤノベ ケンジ(yanobe kenji)(1965年生まれ。1990年代から活躍している、日本の有名な現代美術artist)の、ロッキングマンモス(ROCKING MOMMOTH)と言う作品。
写真以下6枚。東京都現代美術館に入っている、ベトナム(Vietnam)料理を中心とした、カフェ(cafe)の食べ物等の例。ちなみに、東京都現代美術館は、飲食店は、カフェ(cafe)の他、レストランもあります。
ベトナム(Vietnam)式、サンドイッチ(sandwich)。
写真以下2枚。肉団子の、フォー(pho)。
写真以下2枚。ビタミルク(VITAMILK)。タイ(Thailand)の、甘い豆乳。
モロッコ(Morocco)式パンケーキ(pancake)、ココナッツ(coconut)のアイスクリーム(ice cream)添え。