3月の第5月曜日(以下、この日と書きます。この日は、私も彼女も、個人的に休みでした)に、(前日に、我が家に泊まった彼女と、朝寝坊をし、遅い朝食兼昼食を食べた後)、彼女と、千鳥ヶ淵(chidorigafuchi)と東京国立近代美術館(The
National Museum of Modern Art, Tokyo)に行った時の物です。
ちなみに、この日は、2人共、歩き易い服で出掛けました。
参考に、以下、「」内。私の前の投稿文より。。。
「桜の花は、おそらく、日本人に、最も親しまれている花であり、菊(皇室(天皇家)の紋章(emblem)となっている花)と共に、日本の実質的な国家となっている花です(日本には、法定上の国花はありませんが、桜の花は、(菊と共に)慣習上の国花として、昔から、国民達に親しまれて来ました)。日本には、所々に、桜の木が植えられており、春には、日本各地で、所々で、桜の花が咲きます。」
千鳥ヶ淵(chidorigafuchi)(東京都心部でも中心的な地域に位置する)は、東京を代表する、桜の花の名所(桜の花が有名な場所)の一つとなっています。
以下、以下の投稿の続きです。千鳥ヶ淵(chidorigafuchi)に関しては、以下の投稿を参照して下さい。
ちなみに、この日は、天気は、良くありませんでした(天気は、曇りでした)。ちなみに、東京は、桜の花の時期は、曇りや雨の日が、割と多いです。
千鳥ヶ淵の桜2025前編→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3941062?&sfl=membername&stx=nnemon2
千鳥ヶ淵の桜2025後編→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3941061?&sfl=membername&stx=nnemon2
千鳥ヶ淵(chidorigafuchi)を、桜の花を鑑賞しながら散歩した後は、東京国立近代美術館(The National Museum of Modern Art, Tokyo)を訪れました。
東京国立近代美術館(The
National Museum of Modern Art,
Tokyo)は、日本の、国立の、近代美術館(近代美術・現代美術専門の美術館)の一つです(東京都心部の中でも、中心的な地域に位置する)。開館は、1952年ですが、現在の建物は、大規模化に伴い、1969年に完成した物です。ちなみに、日本の、国立の、近代美術館(近代美術・現代美術専門の美術館)は、京都(kyoto)(日本の西部に位置する大都市で、794年から19世紀半ばまで、長らく日本の首都であった都市であり、日本の、伝統文化の中心都市)にもあります。
東京では、日本の伝統美術品は、19世紀末からの歴史を有する(起源は、1872年まで遡るが、現在の場所に、恒久的かつ立派な博物館の建物(現存はしない)が建てられたのは、1881年。現在の本館(mainの建物)は、1938年に完成したもの)東京国立博物館(日本の、国立の博物館の一つ。東京都心部の北東部に位置する上野(ueno)にある。東京のみならず、日本最大級の美術館・博物館)に、膨大な量が、収蔵、展示されていますが、東京国立近代美術館は、東京で、伝統美術品以外の作品(すなわち、近代美術及び現代美術)を収蔵し展示する、日本の、国立の美術館として、1952年に開館した美術館です。ちなみに、西洋美術専門の、日本の、国立の美術館、国立西洋美術館は、1959年に、東京の上野(ueno)に開館しており(美術館の建物の設計は、歴史上、世界的に最も有名な建築家の一人である、スイス生まれのフランスの建築家Le
Corbusier)、また、(東京国立近代美術館でも、近代美術作品と共に、現代美術作品も収蔵・展示していますが)、東京で、現代美術専門の、大規模な、公営の美術館として、現代美術専門の美術館としては、世界的に見ても規模が大きな、東京都現代美術館が、1995年に開館しています。
東京国立博物館に関しては、以下の投稿を参照して下さい。
東京国立博物館1→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_14/view/id/3766590?&sfl=membername&stx=nnemon2
東京国立博物館2→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_14/view/id/3766588?&sfl=membername&stx=nnemon2
東京国立博物館3→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_14/view/id/3766587?&sfl=membername&stx=nnemon2
東京国立博物館4→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_14/view/id/3766586?&sfl=membername&stx=nnemon2
東京国立近代美術館に関しては、以下の投稿も参照して下さい。
東京国立近代美術館 ピーター・ドイグ展他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3941057?&sfl=membername&stx=nnemon2
国立近代美術館 片岡珠子展他前編→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3931683/page/2?&sfl=membername&stx=nnemon2
国立近代美術館 片岡珠子展他後編→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3931682/page/2?&sfl=membername&stx=nnemon2
東京国立近代美術館の建物の一部。前述の通り、東京国立近代美術館は、開館は、1952年ですが、現在の建物は、大規模化に伴い、1969年に完成した物です。
写真以下2枚。この時(3月13日から4月6日まで)、東京国立近代美術館では、常設展示(通常の展示・一般的な展示)の一部において、「美術館の、春まつり(春の祭り)」と言う、日本の、近代、日本伝統画家達等の、春を描いた・春を題材とした作品の特集展示を行っていました。この時、東京国立近代美術館を訪れた目的は、この、特集展示を見る事にありました。
パンフレット(leaflet)より。東京国立近代美術館の展示風景例。
パンフレット(leaflet)より。東京国立近代美術館の、収蔵作品例。上側、川合
玉堂(kawai
gyokudo)(1873年生まれ。1957年に亡くなる。19世紀末から活躍した、日本の、近代、日本伝統画家)の作品で、「行く春」(1916年)。下側、左から。。。岸田
劉生(kishida
ryusei)(1891年生まれ。1929年に、病気の為、38歳の若さで、亡くなる。1910年代から1920年代に活躍した、日本の、近代画家)の作品で、「麗子肖像(Reiko肖像)」(1918年)(岸田
劉生(kishida ryusei)が、自分の娘(長女)を描いた作品の内の一つです)。藤田 嗣治(fujita
tsuguharu)(1886年生まれ、1968年に亡くなる。1920年代から、世界的な名声を博した、日本の有名な、近代・現代画家(西洋画家)。晩年(1955年)には、フランス国籍を取得)の作品で、「五人の裸婦」(1923年)。クレー(Paul
Klee)の作品で、「花ひらく(花、開く)木をめぐる(木を巡る)抽象」(1925年)。

写真は、借り物。東京国立近代美術館の、収蔵作品例で、古賀
春江(koga
harue)(1895年生まれ。1920年代から1930年代初めに活躍した、日本の、近代・現代画家。1933年に、38歳の若さで、病気により亡くなっている)の作品で、「海」(1929年)。
以下(すぐ下でリンクを付けた投稿)、古賀 春江(koga harue)に関する参考の投稿。
古賀 春江(戦前の日本の画家)他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3811148/page/30?&sfl=membername&stx=nnemon2
写真以下。東京国立近代美術館の、収蔵・展示作品例。東京国立近代美術館の、常設展示(通常の展示・一般的な展示)は、東京国立近代美術館の、膨大な収蔵作品の中から、定期的に(1年に5回程)、展示作品を入れ替えながら展示を行っています。
こちらの作品は、前に紹介した事がありますが、「舞妓林泉」(1924年)。土田 麦僊(tsuchida bakusen)(下の、補足説明参照)の作品。
土田
麦僊(tsuchida
bakusen):1887年生まれ。1936年に亡くなる。主として、1910年代から1930年代初めに活躍した、日本の、近代、日本伝統画家。土田
麦僊(tsuchida
bakusen)は、画家だけでなく、芸術作品の、コレクター(collector)としての、一面もあり、ルノワール(Renoir)、セザンヌ(Paul
Cezanne)等の、絵画を収集していました(wikiより。。。)。
小林 古径(kobayashi kokei)(1883年生まれ。1957年に亡くなる。日本の、有名な、近代、日本伝統画家)の作品で、「極楽井」(1912年)。
原田 直次郎(harada naojiro)(1863年生まれ。1899年に亡くなる。19世紀後期に活躍した、日本の、近代画家(西洋画家)。36歳の若さで、病気で亡くなる)の作品で、「騎竜観音」(1890年)。(大きさが)大きな、作品です。
ボナール(Pierre Bonnard)の作品で、「プロヴァンス(Provence)風景」(1932年)。
織田 一磨(oda kazuma)(1882年生まれ。1956年に亡くなる。1900年代から活動を行い、1910年代から活躍していた、日本の、近代、版画家)の作品で、「感覚」(1920年)。
橋口 五葉(hashiguchi goyou)(1881年生まれ。1921年に亡くなる。1900年代中期頃から活躍していた、日本の、版画家・装丁家)の作品で、「温泉宿(温泉旅館)」(1920年)。
藤島 武二(fujishima takeji。1867年生まれ。1943年に亡くなる。1890年代から活躍した、日本の、近代画家(西洋画家))の作品で、「うつつ」(1913年)。
関根 正二(sekine syouji)(1899年生まれ。1919年に亡くなる。10代の頃から活躍し、病気により、20歳の若さで亡くなった、1910年代に活躍した、日本の、近代画家)の作品で、「三星(sansei)」(1919年)。
有馬 三斗枝(arima satoe)(1893年生まれ。1978年に亡くなる。1910年代中期頃から活躍していた、日本の、女性、近代画家(西洋画家))の作品で、「赤い扇」(1925年)。
戸張
孤雁(tobari
kogan)(1882年生まれ。1927年に亡くなる。1900年代から活動を行い、1910年代から活躍していた、日本の、近代、彫刻家・版画家)の作品で、「十二階」(制作年不詳ですが、おそらく、少なくとも、凌雲閣(ryounkaku)が存在していた時の作品だと思います)。凌雲閣(ryounkaku)を描いた作品です。
凌雲閣(ryounkaku)は、1890年から1923年の間に、浅草(asakusa)(東京の下町(旧市街)(東京都市部の東部)最大の繁華街)に存在していた、近代建築の、観光用の塔です。
凌雲閣(ryounkaku)に関しては、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)を参照して下さい。
浅草 凌雲閣(ryounkaku)→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3940600?&sfl=membername&stx=nnemon2
織田 一磨(oda kazuma)の作品で、「人形売りの少女」(1929年)。
写真以下2枚。秦 テルヲ(hada terwo)(1887年生まれ。1945年に亡くなる。1910年代初め頃から活躍していた、日本の、近代・現代、日本伝統画家)の作品で、「玉乗り」(玉乗り曲芸の女性)(1915年)。
秦 テルヲ(hada terwo)の作品で、「カフェー(cafe)風景」(1915年)。
竹久
夢二(takehisa
yumeji)(1884年生まれ。1934年に、病気(結核)により、49歳で亡くなる。1900年代末頃から1930年代初めまで活躍した、日本の画家、グラフィックデザイナー(graphic
designer))の作品(1910年)。
竹久 夢二(takehisa yumeji)に関しては、以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)を参照して下さい。
竹久 夢二(takehisa yumeji)→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_14/view/id/3738731/page/10?&sfl=membername&stx=nnemon2
織田 一磨(oda kazuma)の作品で、「シネマ銀座」(銀座(ginza)の映画館)(1929年)。
三岸 好太郎(migishi koutarou)(1903年生まれ。1920年代から活躍し、1934年に、31歳の若さで、病気により、亡くなった、日本の、近代画家)の作品で、「少年 道化」(少年のピエロ(clown))(1929年)。
仲田 定之助(nakada sadanosuke)(1888年生まれ。1970年に亡くなる。1920年代から活躍した、日本の、近代・現代、彫刻家)の作品で、「首」(1924年)。
仲田 定之助(nakada sadanosuke)の作品で、「女の首」(1924年)。
写真以下2枚。荻島 安二(ogishima yasuji)(1895年生まれ。1939年に亡くなる。1910年代後期から活躍していた、日本の、近代・現代、彫刻家)の作品で、「波」(1932年)。
荻島 安二(ogishima yasuji)の作品で、「風」(1937年)。
荻島 安二(ogishima yasuji)の作品で、「日本髪」(日本の伝統的な女性の髪型)(1938年)。
陽 咸二(you kanji)(1898年生まれ。1935年に亡くなる。1910年代後期から活躍していた、日本の、近代・現代、彫刻家)の作品で、「コムポジション(composition)」(1928年)。
後藤 清一(goto seiichi)(1893年生まれ。1984年に亡くなる。1910年代から活動を行い、1920年代後期頃から活躍していた、日本の、近代・現代、彫刻家)の作品で、「少女の顔」(1929年)。
エルンスト(Max Ernst)の作品で、「砂漠の花(砂漠の薔薇)」(1925年)。
北脇 昇(kitawaki noboru)(1901年生まれ。1951年に亡くなる。1930年代から1940年代に活躍した、日本の、現代画家)の作品で、「独活」(1937年)。
ポロック(Jackson Pollock)の作品で、「無題(多角形のある頭部)」(1938年から1941年頃)。
アルプ(Jean Arp)の作品で、「新芽の花環Ⅱ」(1936年)。
浅原 清隆(asahara kiyotaka)(1915年生まれ。1945年に亡くなる。1930年代から活躍していた、日本の、近代・現代画家)の作品で、「郷愁」(1938年)。
靉光(ai mitsu)(本名は、石村 日郎(ishimura nichirou。1907年生まれ。1946年に亡くなる。1920年代中期頃から活躍していた、日本の、近代・現代画家)の作品で、「眼のある風景」(1938年)。
前述の通り、この時(3月13日から4月6日まで)、東京国立近代美術館では、常設展示(通常の展示・一般的な展示)の一部において、「美術館の、春まつり(春の祭り)」と言う、日本の、近代、日本伝統画家達等の、春を描いた・春を題材とした作品の特集展示を行っていました。この時、東京国立近代美術館を訪れた目的は、この、特集展示を見る事にありました。
写真以下は、この、特集展示の展示作品例。
写真以下4枚。菊池 芳文(kikuchi houbun)(1862年生まれ。1918年に亡くなる。19世紀後期から活躍していた、日本の、近代、日本伝統画家)の作品で、「小雨ふる吉野(小雨が降る、吉野(yoshino)」(1914年)。
藤井 達吉(fujii tatsukichi)(1881年生まれ。1964年に亡くなる。1900年代頃から活躍していた、日本の、工芸家・図案家)の作品で、「草花図屏風」(1916年から1920年頃)。
川合 玉堂(kawai gyokudo)(1873年生まれ。1957年に亡くなる。19世紀末から活躍した、日本の、近代、日本伝統画家)の作品で、「行く春」(1916年)。
松林 桂月(matsubayashi keigetsu)(1876年生まれ。1963年に亡くなる。19世紀後期から活躍していた、日本の、近代、日本伝統画家)の作品で、「春宵花影図」(1939年)。
船田 玉樹(funada gyokujyu)(1912年生まれ。1991年に亡くなる。1930年代中期頃から活躍していた、日本の、近代・現代、日本伝統画家)の作品で、「花の夕」(1938年)。
以下の投稿(すぐ下でリンクを付けた投稿)に続く。。。
国立近代美術館 春祭り他後編→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_16/view/id/3941059?&sfl=membername&stx=nnemon2